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 最近、〝普通〟という単語の意味を辞書で調べた。
 辞書には「特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それが当たり前であること。そのさま」と記載されている。
 変わっていない。ありふれた。当たり前。それが〝普通〟だ。そんなことは誰でも知っているだろう。
 そして、〝普通〟の反意語は〝特別〟。普通では無いこと。
 なぜこんな前置きを長々としているかというと、これから俺が書き記す記録は〝特別〟であり〝普通〟では無いからだ。
 俺は生まれてきて17年間、〝普通〟だった。普通の家庭で育ち、普通に小学校を卒業し、普通に中学校に入学し、普通に受験勉強をして、普通に高校に入った。
 まったくもって普通だ。高校に入ってからも普通だ。突然彼女が出来たりもしないし、いきなり自分の才能に覚醒するようなことも無い。俺はそれに疑問など感じていなかった。漫画や小説等では普通の生活に疑問を感じたり嫌気が差して余計なことに首を突っ込み、その結果世界を救ったり、悪の組織を壊滅させたりとかっこいい結果になるのだろうけど、俺はそもそも普通の日常に満足しているのだ。いや、今となっては過去形だな。満足していたのだ。
 そりゃあ、もちろん、幽霊や妖怪やそれと戦う組織なんてのがいたら面白いだろうなぁとか、宇宙人と地球人のバトルが始まったらどうなるんだろう、とかそういったことを考えたこともある。だが、そんなことを妄想して楽しんでいたのは小学生までだ。中学生になるころにはそんなことは考えもせず、映画やアニメを見て楽しむ程度になっていた。
 高校生になってからさらに映画やアニメも減った。逆に大人の社会や自分の進路に興味が行くようになり、〝特別〟なことからどんどん離れて行っていた。
 それでいいと思っていた。それが〝普通〟なのだと思っていた。
 彼女に出会う前は。
 これから記す話は俺と彼女の話がメインだ。俺は小説を書くなんてスキルは無いから、自分が書きやすい一人称形式で記載する。これは俺が体験し、俺の目で見て、耳で聞いた物語だから、俺の視点で書いてもなんら差し支えは無いだろう。
 多少脱線することや表現の間違いはあるかもしれないが、そこは大目に見て頂きたい。
 ああ、なんだか前置きが長くなってしまった。
 では、俺と彼女こと〝リーナ〟さんの話を始めようと思う。


第1話 アルバイト


 さて、前置きでかっこよく〝俺と彼女の話〟なんて書いちまったが、そもそもどこから書けばいいのか分からない。事の発端など、後から考えればちょっとしたことだったり、どうでもいいことだったりするものだ。それこそ、それ自体は全くもって〝普通〟だったりする。
 では、この話はどこから書けばいいのか。
 っと、まずは自己紹介からしなければならないか。別に知りたくも無いとは思うが、ストーリーテラーをやるのだから名乗らせて頂きたい。
 俺の名前は霧生明日人。至って普通の名前だろう?
 まあ、世の中〝騎士〟と書いて〝ナイト〟と読ませる名前が実在するのだ。それと比べればまだまだ普通だ。
 前置きでも書いたが、年齢は17歳。高校2年生だ。高校の話はいずれ出てくるだろう。ここで書くべきでは無いと思うので、割愛する。
 性別は当然、男だ。ネット上では口調を男に変える美少女なんかもいたりするが、リアルに男だ。男です。すいません。
 容姿の話はするべきだろうか? 面倒だからしなくてもいいような気がしないでもないが、俺の視点からこの話を書くとなると、誰も俺の容姿に関しては突っ込んでくれないことが予想される。よって、簡単にではあるが、容姿に関しても触れさせて貰おう。どうでもいい人は読み飛ばしてもらって構わない。
 身長は171cm。これは全国の17歳の平均身長とほぼ同じだ。普通だろう? 体重は58kgだ。女性ならこの数値は隠すのだろうが、俺は男なので別に隠す必要は無い。体重に関しては少し痩せ気味のようだが、不健康というわけでは無い。
 顔に関して自分で評価するのは非常に嫌だが、これを読んでくれた人が想像しやすいようにしておく必要が無いことも無いような気がするため、あえて言おう。別に俺自身がそう言ったんじゃない。あくまで客観的な意見を聞いただけだ。その辺りは理解して欲しい。
 顔はどうも芸能人で言う所の某有名なダンスボーカルユニットのヴォーカルの1人、TAKAHI○Oに似ているらしい。いや、俺自身はそう思ってはいない。あくまで他人の意見だ。だが、別に言われて嫌な気分にはならない。むしろ嬉しい。俺の顔は世間一般でいうところの不細工では無いということだ。
 まあ、似ているだけで〝普通〟なんだとは思う。まあ、それを聞いてからは髪型を彼のユニット加入時に近い短めの髪型にしてちょっと色気を出してみたものだ。直後に妹から「似合わない」と一刀両断されてしまったが。
 そう、俺には3歳下の14歳の妹が居る。そういえばこの話も発端はこの妹との会話からだったのかもしれない。おっと、いい感じで話に入れそうだ。では、ここから話すとしよう。



 夏休みに入る直前の7月末。俺は学校の終業式の帰りに宇宮駅前の少し洒落たデパートで服やらCDやら靴やらを物色していた。特に買う物も無かったのだが、終業式で早く終わったため、時間持て余した高校生の一人遊びだ。
 友達と遊びに? 我が友人達は申し合わせたように彼女のデートだそうだ。まあ、今日は多くの学校が同時に終業式を行って早く終わる日だからな。デートついでに夏休みの計画でも立てるのだろう。それを邪魔するほど俺も野暮じゃない。開き直って俺は一人で買い物に来たというわけだ。
 だが、一通り店を物色し、町が夕暮れのオレンジ色に彩られる頃に駐輪場に戻ってきた俺に驚愕の事態が待っていたのだ。
 自転車が無かったのだ。あったはずの場所に落ちているのは綺麗に切られたチェーンのみだった。つまり、盗まれたのだ。
 今くだらないと思っただろう? それは今まで自転車を盗まれたことが無い人間の感想だ。高校生にとって自転車は自身が運転できる最速の乗り物なのだ。まあ、金をつめばバイクも乗れるが、桁1つ変わってしまう上に校則だなんだと色々と面倒なのだ。よって、高校生にとって自分の自転車が盗まれるということは、ローンで買った車を盗まれることと同じなのだ。
 ローンで車を買ったことは無いんだが。
 しょうがなしに駅前の交番に被害届を出して、あれこれ聞かれて、学校にまで連絡をされて、学校帰りに遊ぶとは何事かと小学生のように怒られてようやく開放された頃には日はとっくに沈み、夜の街に変貌していた。
 こんな時は親にでも電話して向かえに来て貰えばいいのだろうが、生憎とうちの両親は2人揃って外国に単身赴任だ。父親の単身赴任が心配という理由で母親までくっついていってしまい、家には俺と妹の2人きりである。当然、妹は未成年だ。車など俺と同じように自転車しか無い。2人乗りが出来ないわけでは無いが、妹は絶対に拒否するだろう。結果が目に見えているため、仕方なしに歩いて帰ることにした。
 まあ、家はここからなら歩いて1時間以内に着く。明日からは夏休みだし、多少時間を無駄にしてもいいだろう。
 そんなことを考えながら俺は家への道をてくてくと歩いていた。
 しかし、不思議なものだ。いつもならば自転車で駆け抜けている道でも歩くと新発見がある。目立たない喫茶店だったり、古本屋だったり、あるいは電柱に貼ったチラシだったり。普段と違う視点と速度で移動するだけで新発見というものは多い。
 俺はその中の1つに変わった物を見つけた。
『お手伝いさん募集。男女問わず。場所はこの辺』
 なんだこれは? お手伝いさん? 肝心のなんの手伝いなのか分からない。しかも連絡先も載っておらず、場所がすぐ近くのアパートの一室を指しているのみだ。
 思わず見入ってしまったが、怪しいことこの上ないのでそのまま通り過ぎた。この時はなんとも思っていなかったのである。この時は。
 てくてく歩くこと小一時間。ようやく我が家に到着した。なんの変哲も無い2階建ての木造1軒家だ。
 玄関の鍵を開けて、中に入ると台所から妹の明日香が顔を出した。両親のネーミングセンスを疑ってしまう名前だと兄自身が思ってしまうほど普通の名前だ。
 特徴はポニーテールくらいで、顔は俺の妹なのだから普通だ。妹をめちゃくちゃ可愛いとか、すげぇ美人とか評する実の兄というのは世間一般が思っている程多くは無い。
 まあ、普通に可愛い方だとは思う。その程度の感想しか出てこない妹だ。その妹がエプロン姿で話しかけてくる。
「おかえり。お兄ちゃん。遅かったね?」
「ああ。ただいま。実はチャリが盗まれちゃってなぁ。駅から歩いて帰ってきた」
「えぇ?! 警察には?」
 しっかりしている妹だ。本当に14歳か?
「被害届出してきたよ。学校にまで連絡行くし散々だった」
「そっか。でも、自転車どうするの? 買う?」
「そうだなぁ・・・・・・。まあ、チャリが無いなら無いで家にいてもいいな。防犯登録はしてるんだからもしかしたら見つかるかもしれない」
 そのぐうたらな台詞に分かりやすい溜息をつきながら妹は言った。
「お兄ちゃん・・・・・・。高校生にもなって夏休みどこにも行かないの?」
「しゃーないだろ。他の奴は彼女と遊ぶので手一杯だろ。究極に怠けてやる」
「まったく・・・・・・。暇ならアルバイトでもしてもっといい自転車買ったら? あれ大分古かったよね?」
 アルバイト。高校生の唯一と言っても過言では無い金稼ぎの方法だ。高校生が10人居たら9人はやったことがある、あるいはやりたいと思っているはずだ。
「なるほど、アルバイトか。いいかもな。親の仕送りから小遣い貰ってるんじゃ結構限度があるし。プレステ3も欲しいしなぁ」
「自転車じゃなくてゲームが優先なのね・・・・・・。まあ、いいけど。私の友達のお兄ちゃんも高校生なんだけど、夏はアルバイトで忙しいって言ってたよ? お兄ちゃんも少しやってみたら? 社会勉強になるんじゃない?」
 14歳で中学生でポニーテールな妹に諭されてしまった。
「そうだな。どうせ暇だし、明日探しに行ってみるか」
 俺はこの時点であの張り紙のことは全く思い出していなかった。



 アルバイトと一口に言っても色々ある。スーパーやコンビニのレジ打ち、宅配便の仕事、工事現場の日雇い、飲食店。
 年齢制限はあるものの、高校生でも出来る仕事というのは多い。俺はそういったものの情報を求めて再び宇宮駅に向かう。
 宇宮駅とは俺が住んでいるこの都市、宇宮市の主要駅だ。隣の県の水城駅とためをはれるぐらいには発展している。
 もちろん、東京に比べればどんぐりの背比べだが。
 俺は午後の照りつける熱い日差しの中、昨日歩いた道を再び歩く。その途中で色々と考えてみる。果たして俺が出来る仕事というのはなんだろうか。数字が苦手な俺にはレジ打ちなんてのは無理だ。力や体力も人並みにあるが、この熱い中宅配便や工事現場は願い下げだ。飲食店も接客が面倒だし。
 そう考えると、俺に出来る仕事なんて無いんじゃないのか?
 そうやって頭を悩ませていると、昨日見たチラシが目に入った。
「お手伝いさん、ねぇ・・・・・・。なんの手伝いなんだ? 家事だったら出来ると思うけど」
 こう見えても俺は家事は出来る方なのだ。家の料理は妹と交代で作っているし、洗濯は自分の分は自分でしている。掃除も勿論出来る。そういえば昔は妹の分も一緒にやっていたのだが、中学に入ってからは妹も自分の物は自分で洗うようになった。なんでだろうな。
 両親が不在がちのため、妹と手分けして家のことはやっていたのだ。家事スキルは結構高いと思う。
 他にやりたいアルバイトも出来そうなアルバイトも無いので、俺はこのチラシに載っている地図の場所に行ってみることにした。話を聞いて無理そうなら断れば良い。
 ここからはそう遠くない。近所のようだ。
 チラシの地図と書かれてあったアパート名を照らし合わせ、目的の場所に辿り着く。白塗りの綺麗なアパートだ。地図はここの2階の202号室だった。階段を上り、202号室に向かうと、すぐに見つかった。まあ、大きなアパートやマンションじゃ無いんだから当然だ。
 202号室の・・・・・・名前は分からない。表札が無いのでは直接聞くしかない。
 俺はこの直後に起こる事態など、全く考えもせずにチャイムを押す。
 待つこと10秒。無反応。
 もう1度押す。
 待つこと10秒。やはり無反応。
 もう1回押しても出てこなかったら留守だと思って諦めよう。そう思った所で、玄関の鍵が外れる音がし、扉が開いた。
 どうやらちゃんと人がいたようだ。
 人間関係は初対面が大切。雇い主になるのだから失礼の無いように挨拶する俺。
「すいません。張り紙を見てきました。お手伝いさん募集ということだった・・・・・・んです・・・・・・が」
 そんなマニュアル通りの俺の挨拶は途中で止まってしまった。止めたのは俺自身なのだが、仕方あるまい。
 あれを見て平然としていられる奴が居たら教えて頂きたい。
 扉を開けて出てきたのは20代前半と思われる長身痩躯の女性だった。
 だが、明らかに〝普通〟じゃない。
 死んだ魚のような半開きの青い目、ぼさぼさで全く手入れしていない茶色い長い髪、この時点で明らかに客に応対する格好では無い。さらにこの女性、着ているのは長袖の白いYシャツのみだ。胸元は大きく開いており、お山の麓の谷間が見えている。さらに、困ったのが脚だ。綺麗な白い生脚が全開なのである。思わず見惚れてしまう程の脚線美だったが、それをじっくり見ることを俺の理性は許可しなかったようだ。
 まあ、色々とここに書いたが、一言で言うなら〝変な女性〟が出てきたのだ。
「待っていたよ。上がってくれ」
 その変な女性は抑揚の無い、まるで寝起きのような声でそれだけ言うと、くるりと髪をなびかせてターンし、部屋の中へと引っ込んで行った。
 どうすればいいのか分からなかった俺は、とりあえず中へ入ることにした。玄関の鍵を閉め、靴を脱いで上がる。見たところ2LDK程のアパートのようだ。一人暮らしなのだろうか。
 玄関から伸びる廊下を歩いていくと、その先の部屋に女性は居た。
「さっそくだが、始めてくれ。好きなようにやってくれて構わない」
 いきなりとんちんかんなことを言ってくる女性。ここはもう流されずにきっちりと大人な対応をせねばなるまい。
「い、いや、あのですね・・・・・・。俺は張り紙を見てここに来たんですが、そのお手伝いというのは?」
「ん? お手伝いさんというのはそのままの意味だが? 私の代わりに家事をやってくれる人を募集してたんだ」
「そのまんまかい! しかも・・・・・・なんだこれ?!」
 その部屋はまるでゴミ溜めのようだった。あちこちにコンビニ弁当の箱やペットボトルや食いかけのお菓子の袋やら服やらが散乱しており、床が見えない。そもそもここは洋室か? 和室か? それすらも判別出来ない程汚いのだ。
 女性に対する憧れが急速に減退するのが分かる。
「1ヵ月もほったらかしにしたらこの有様だ。困っていたんだよ。ようやく来てくれて助かった。じゃあ、私は寝る」
 そう言うと女性はゴミをどかどか踏んづけながら歩き、ゴミに埋まったソファに寝転がる。
「ちょっと待った! その前に少しだけ話しをさせて下さい!」
「ん~。あと5分」
「寝てないのに寝起きの定番台詞を喋るな! 俺に少しくらい事情を聞かせてくれ!」
「なんだい? さっきの説明じゃ足りなかったのかい?」
「さっきのをやりとりのどこに説明があった! いいから起きて下さい!」
 俺の言葉に女性はしぶしぶと起き上がり、またゴミを踏んづけながらこっちに歩いてくる。
「それで? 話というのは?」
 だるそうに腕を組んで俺を見る女性。きつい目が半開きになっているおかげで人相がより一層悪くなっている。なんだか睨まれているようだ。しかも無表情だから感情が全く読めない。
「ええと、まず俺は霧生明日人といいます」
「そうか。覚えておこう」
「いや・・・・・・あの、名前を教えて下さい」
「ん? ああ、そういえばそうか。私は・・・・・・そうだな。リーナとでも呼んでくれ」
「リーナ? 外国の方ですか?」
 容姿を見れば分かるが、一応確認しておく。
「まあ、出身はそうだね。じゃあ、あとは宜しく」
「いやいやいやいや! その前に」
 そう言いながら再びソファに行こうとする女性ことリーナさんを引きとめる。これだけは言わねばなるまい。人として、男として。
「ん?」
「下になんか履いて下さい!」
「暑いんだ」
「そりゃあ、分かりますけど、一応人前なんですから・・・・・・。目のやり場に困りますから」
「別に見てもらって構わないぞ。穴が空くほど見るというが、実際に穴が空いたりしないしな。それに、穴なら両足の間に既に開いている」
 何を言っているんだこの人は。
「いや、そうでは無くてですね、なんというか人として礼儀というかなんというか、とにかく!履いて貰わないと仕事になりません!」
「む。それは困るな。分かった。今履こう。とは言うものの、パンツとズボンはどこにやったかな」
「パンツも履いてねぇのかよ! 全裸よりタチ悪ぃ!」
「ん? 見たいのか?」
「見たくないです! 早く探して履いて下さい! お願いですから!」
 そう言われたリーナさんはしぶしぶと自身の服をゴミ溜めから探し始める。だが、俺は不覚にも探すためには前屈みにならねばならないことを失念していた。立っている分には肝心な箇所はYシャツで隠れるが、屈んでしまったらそれはもう大事な所が丸見えである。
 紳士たる俺は後ろを向いて女性ことリーナさんが服を探して履くのを待つ。
 待つこと数分。どうやらゴミ溜めからパンツとズボンを発見したようだ。
「これでいいかな?」
 ここでようやく振り向く俺。断じて見てはいない。紳士ですから。
 振り返った先に居たリーナさんはちゃんとジーンズを履いていた。
「パンツは見つからなかったからこれだけ履いた。偉いだろう?」
「ノーパンかよ! それ言わなくていい情報だよ! しかも何だその得意げな顔は! 褒めねーよ!」
「褒めてくれないのか・・・・・・」
 いきなりシュンとなるリーナさん。この人めんどくせー。
「まあ、とりあえず、俺の仕事はここの掃除なんですね?」
「そうだ。あと出来れば夕飯の支度も頼みたい。今日は唐揚がいいな」
「〝今日は〟って今日始めて来ましたよ・・・・・・。分かりました。とりあえず家事全般ですね」
「ああ。宜しく頼むよ」
 こうして、人生初のアルバイトは変な女の人の部屋の掃除から始まった。


第2話 アルバイト初日


 さてさて、前回の話ではリーナさん家でお手伝いさんのアルバイトをすることになった所までは書き記した。ここからはまあ、俺がどれだけこのアルバイトで苦労をしたのか、説明しようと思う。
 不幸自慢というわけでは無いが、世の中の高校生の中に俺ほど奇特な経験をした人間はそうそういないだろう。
 アルバイト初日、簡単な自己紹介を済ませた後、リーナさんは早々にソファで寝息を立ててしまった。
 好きにしていいというのだから、別に寝ている所をがさごそと片付けてもいいのだろう。気合を入れてまずは部屋の点検。闇雲に取り掛かるよりも、状況をしっかり把握して片付けの工程を立てた方が効率良く動けるのだ。
 部屋はどうやら2LDKのようだが、まずはリーナさんが寝ているこのリビングから手を付けるべきだろう。だが、掃除用具はあるのだろうか。
 まずは一般家庭で掃除用具がしまっていると思われる玄関周辺から調べる。
 案の定、物置らしき扉があった。開いてみるとビンゴ。箒、ちり取り、掃除機、雑巾、洗剤、その他諸々の掃除用具品が綺麗にしまってあった。あの状況だから掃除用具など無いと思っていたが、ちゃんとあるじゃないか。なんで掃除しないんだ?
 深く考えても仕方が無いので、まずはゴミ袋を取り出し、部屋に散らばったゴミを中に入れる。宇宮市の場合、ビニール系は燃えるゴミに分別していいことになっている。よって、分別は簡単だ。空き缶やビンなどの不燃物とその他全ての燃えるゴミ、そして衣服等捨ててはいけなさそうな物に分ければいい。
 俺は袋を2種類用意し、片っ端からゴミを中に入れていく。たまにパンツやらブラジャーやらが転がっていたが、もはや動揺はしない。機械的に分別し、処理は本人に確認してからにする。うん。紳士だ。
 片付けていく内に床が見えてきた。どうやらここはフローリングの洋室だったらしい。しかし、そのフローリングの床もあちこちが汚れていた。
 ゴミを一通り片付けると、ゴミ袋はなんと合計8つ! 溜めに溜めたものだ。底の方からは1ヶ月前に賞味期限が切れている封が開いていない弁当やお菓子等かなりヤバイ物もあった。虫が沸いていないのが不思議だ。
 さて、次は床拭きだ。1ヶ月分の汚れを落とさなければならない。俺はバケツにお湯を入れ、そこに床用洗剤を大量に投入し、雑巾を洗う。
 しつこい汚れでは無かったのが幸いだが、バケツのお湯はあっという間に真っ黒になった。
 10畳程もある床を拭き終わった頃には、バケツのお湯は3杯目に入っていた。
「んん~・・・・・・。ん? おお」
 その頃になってようやくリーナさんが起きた。
「もうこんなに片付けたのか。凄いな君は。床を見たのは1ヶ月ぶりだ」
 今のは驚いていたのか。全く感情が読めない人だ。そういえば掃除を始めて既に2時間が経過している。忙しいと時間の経過が早い。
「とりあえずリビングは最低限の掃除はやりました。他の部屋はどうしますか?」
「ん。他の部屋はいいよ。基本的に散らかすのはここだけだ。他の2部屋に出入りは無い」
 2LDKなのに出入りが無いのか。普段の生活が想像出来ない。
「じゃあ、次は台所ですね。そっちをやらないと料理も出来ないですから」
「うん。宜しく頼むよ」
 そう言いながらリーナさんはタバコを取り出し、ゆったりとくつろぎ始めた。そして、灰はそのまま床に捨てた。
「・・・・・・掃除したそばから灰を落とさんで下さい」
 灰皿は無いのかこの家は。よく火事にならなかったな。
 俺は仕方なしにさっき片付けた空き缶のプロタブを取り、そこに水を入れて灰皿の代わりにし、テーブルに置く。
「おお。気が利くな。ありがとう」
 そう言いながら今度はちゃんと空き缶の口に灰を落とす。
 さて、気を取り直して台所だ。だが、台所の流し台は使った形跡が無い。まあ、普段コンビニ弁当と酒とジュースで過ごしているのなら、台所など必要無いのだろう。逆に使っていないため、あちこちに白い染みが出来てしまっている。ガスコンロも使った形跡が無い。が、古い油がそのまま放置されてこびり付いている。
 俺は先ほどの倉庫から台所用洗剤を持ってくると、まずはガスコンロの五徳(鍋とか乗る爪みたいな部分のこと)を外し、それを洗剤を浸した洗面器に浸けておく。その間に雑巾でガスコンロの天板を拭き、油を拭き取る。そうこうしている内に五徳の汚れが落ちているため、こちらはたわしで擦る。これでガスコンロはピカピカだ。
 次は流し台だ。ステンレス製のため、錆びてはいないようだが、所々白く曇っている。クレンザーを使えば落ちるはずなので、こちらはスポンジで擦る。
 ようやく流し台本来の美しい輝きが戻ってきた。
「・・・・・・手際がいいな。大したものだ」
 後ろでタバコをくわえながら見ていたリーナさんが話し掛けてくる。この人はすることが無いのだろうか。
「うちは両親が不在がちですからね。自然と出来るようになったんですよ」
「なるほど。ところで君は高校生かな?」
「ええ。学校が今日から夏休みなんですよ。することが無かったのでアルバイト先を探してたんです」
「ふむ。それで貼り紙を見て来たと」
「はい。・・・・・・でも正直、あの貼り紙はちょっと怪しいですよ。内容が書いてありませんし、連絡先はもうここの住所ですからね。あまり好ましくは無いかと思います」
「そうか。忠告ありがとう。次に貼る時は君に相談するとしよう」
「そうして下さい」
 などとどうでもいい話をしているうちに、流し台も終了だ。俺は不要になった掃除用具を元の場所に戻し、リーナさんの向えに座って一息つく。
「ご苦労さん。助かったよ」
「いえ。少し休んだら料理の材料を買いに行きたいんですが」
 掃除をしている間に時計は午後4時を過ぎていた。仕事の内容に夕飯の支度があったので、今日はそこまでだろう。
「うむ。なら、今日の給料と必要経費だ」
 そう言ってズボンのポケットからくしゃくしゃの壱万円札を3枚差し出してくる。
「って、これじゃあ貰いすぎですよ! 夕飯の材料なんて2千円も掛かりませんって!」
「ん? そうか。なら残りは君の働きに対する報酬だ。受け取ってくれ。受け取ってくれないと脱ぐしかない」
「なんでそこで脱ぐ?! なんの関係も無いだろう?! 分かりました。じゃあ有り難く受け取ります」
「うん。受け取ってくれ。今日の私は気分がいい」
 そりゃあ、部屋が綺麗になったからか? だが、たった半日家事をやっただけで3万とは。かなり割のいいアルバイトでは無かろうか。
「コーヒーの1つも出してあげたいところだが、あいにくそんな洒落た物はここ数年飲んでいなくてね。すまないな」
「いや、お構いなく。そうですね、じゃあ、明日は食器とかその辺の日用品のチェックと手入れをします」
「・・・・・・来てくれるのかい?」
「え? ええ、まあ。一日では終わりませんので」
「そうか」
 この時初めて俺はリーナさんがかすかに笑った顔を見た。
 この人・・・・・・笑うと可愛いじゃないか。
「そ、そういえば、風呂とトイレはどうしますか? 女性の一人暮らしのようですから、勝手にやるわけにはいかないかと・・・・・・」
「やって貰って構わないよ。生理用品も始末していなくて溜まっているしな」
「それは自分でやってくれ!」
 やらないだろうな。どうやら女性の生理用品を片付ける男子高校生が明日現れるようだ。俺のことだが。
「そうだ。さっき出来なかったので今のうちにしておかないと。働くからにはなんというか労働契約とかそういったものはあると思うんですが」
「契約なんて面倒なことはしないさ。来てくれた時は日給と経費込みで先ほどと同じ給料を渡すから、あとは君が来たい時に来てくれればいい。拘束も強制もしないよ。週一でもいいし。帰りたいと思ったら帰ってくれていい」
「はぁ・・・・・・。あれ? えっと?」
 以上、俺の生まれて初めての労働契約でした。
「今までもそうしていたのさ。もっとも、これまで一番多く来てくれた人は3回だけだったがな。大体は最初の一日だけ来てあとは来ない」
 まあ、あれを見ればそうだろう。だが、あれは1ヶ月分なのだ。一度やってしまえば、いくらリーナさんの散らかし方が激しくても最初よりは楽なはずだ。毎日来ていれば、それほど大変では無い。普段から綺麗にすることが重要なのだ。
「あ、あと、掃除中に服やらなにやら色々出てきました。あそこの洗濯かごに纏めてありますが・・・・・・」
「洗濯してくれ」
「・・・・・・はい」
 もう慣れた。自分の順応性の高さが恐ろしいぜ。
「じゃあ、とりあえず洗濯機を回して、その間に買出しに行ってきます」
「うん。任せるよ。君のやることなら大丈夫だろう」
 なんか信頼を勝ち取ったらしい。
 俺は洗濯かごを持ち、風呂場らしき扉を開ける。そこは、脱衣所っぽかった。多分脱衣所なんだろう。
 主にバスタオルとタオルが散らかっており、リビング同様床が見えない。
 というか、バスタオルを使い捨てにしている人を初めて見た。
 カビ生えてるぞ。
 とりあえず、埋まった洗濯機を発掘し、電源が入ることを確認する。
 洗剤が無いかと洗面台の下の収納を拓くと、ちゃんと洗剤が置いてあった。しかしなぜだろう。物置の時も思ったが、こういった収納する場所だけはきちんと片付いているのだ。前のお手伝いさんが片付けていったのだろうか?
 考えても仕方が無いため、俺は洗濯機の中(空だった)に洗濯物を入れ、洗剤を入れてお任せコースで洗濯を始める。40分程で自動的に止まるはずだ。
 買い物に行くには丁度いい時間だろう。
 俺はそのまま玄関で靴を履く。すると、いつの間にかリーナさんが俺の後ろに立っていた。
「おわ! びっくりした・・・・・・。どうしました?」
「うん。これを渡しておこうと思ってね」
 そう言って差し出してきたのは、鍵だった。
「ここの合鍵だ。好きに入ってくれて構わない」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
 なんだろう、この胸の高鳴りは。たかが合鍵でなぜこんなにドキドキするのだ? 俺の心臓は。というか、何? この状況。鍵だって? 合鍵? それって普通家族とか、恋人とかそういう本当に大切な人に渡すもんじゃないの? まあ、仕事上必要だから渡しているだけなんだろうけどな。だがしかし、一応美人なお姉さんの部類に入る人に鍵を手渡されてドキドキしない男子高校生が居たら俺に報告して頂きたい。断言しよう。そいつはガチホモだ!
「じ、じゃあ行って来ます」
「いってらっしゃい」
 タバコをくわえたままひらひらと手を振るリーナさん。
 この程度のことでも幸せになれる俺ってつまらない人間ですか?
 とりあえず、扉を閉めてちゃんと鍵を閉める。うん。確かにここの鍵だ。しかし、殺風景だな。何しろこの鍵、キーホルダーやストラップやタグ等が何にも付いていないのだ。飾り気が欲しい所である。まあ、あんなのは飾りなのだが、実は落とした時に音で知らせてくれるという地味な効果を持っているのだ。ありがたや。
 とりあえず、用済みになりそうな盗まれた自転車の鍵のキーホルダー(以前沖縄に修学旅行に行った時に買った、銃弾の形のキーホルダーだ)を外し、リーナさん家の鍵に付け替える。なぜ乗れもしない自転車の鍵を持ってきているかって? 下らないことを聞くんじゃありません。ただの習慣です。
 外に出ると、まだまだ日は高いようだった。だが、そろそろ夕方のセールが始まり、スーパー等は混雑してくる。俺は急ぎ足でここから一番近いスーパーに向かった。



 スーパーで唐揚の材料と野菜、果物、米5kgを買ってリーナさんのアパートに戻る。
 さっき預かった鍵を差し込み、回すとちゃんと開いた。
 いちいち嬉しくなってしまうのはしょうがない。
「ただいま~」
「おかえり」
 ついつい家に入った時の癖が出てしまったが、リビングから相変わらず抑揚の無い声の返事が帰ってきた。
 まずはリビングに行って買ってきた物を冷蔵庫にしまわないと、と思ったらリーナさんがまたジーンズを脱いでいた。
「ズボンを履け!」
「暑いんだ」
「いいから履け! 履かないとご飯作りませんよ!」
「うぅ・・・・・・。分かった・・・・・・」
 泣きそうな顔で足元に落ちているジーンズを履く。またノーパンだよ、全く。
 もはや俺のかいている汗は冷や汗なのか暑さによる汗なのか突っ込みによる汗なのか分からなくなってきた。
 気を取り直して俺は冷蔵庫の扉を開ける。
 そして再度驚愕する。
「ビールばっかりびっちりと詰め込んでじゃねぇ!」
「君はサッポロ派だったのか?」
「銘柄の問題じゃねぇよ! 野菜室までビールがびっちりって! ワインならなんかかっこいいけど、ビールじゃただの酔っ払いにしか見えねーよ!」
 冷蔵庫の中は神経質な程丁寧にビールが詰め込まれていた。しかも同じ銘柄ばかり。掃除をした時の空き缶の量で予想するべきだった。
 ある意味では圧巻の光景だが、他の物が入る余地が全く無い。チロルチョコだって入るかどうか怪しい。この人、若い女性の姿をしているが中身はただのオッサンだ。
 とりあえず、買ってきた物を入れるべく、何十本かビールを取り出し、床に置く。
「もったい無い。温まるから飲んでしまおう。君もどうだ?」
「未成年なので遠慮しておきます」
「そうか。沢山あるから飲んで欲しいんだが」
 じゃあ、無くなってから買えばいいのに。
 まあ、そんなことを突っ込んでも無駄なので、とりあえず俺は炊飯ジャーの釜を洗い、先ほど買ってきた米を米びつに入れ、そこから釜に3合ほど米をいれて洗い、炊飯ジャーにセットする。
 米が炊けるまで少し時間があるため、その間に先ほど回していた洗濯物を取り出し、ベランダに干す。明日までには乾くだろう。そして、もはや下着が混じっていることなど気にならなくなってしまった。
 というかベランダもほったらかしだったようだ。植木鉢になにやらに枯れ草や枯れ木が突き刺さっているのが散乱している。
 ここもいずれやらねばなるまい。
 洗濯物を干し終わって戻ってくると、もうビールの空き缶が散らばっていた。つーか5本も飲んだのか? たったの数分で。しかも床にポイ捨てだ。とりあえず片付けておこう。
ビール缶を片付けたら本日最後の仕事、夕飯の支度だ。
冷蔵庫から鳥もも肉やサラダの材料の野菜を取り出す。
本日の献立はもも肉のから揚げとレタスとキュウリのサラダ、そしてデザートは果物だ。味噌汁もいいが、今日は味噌とダシを買ってこなかったため、次の機会だ。調理器具は流し台の下の収納にやはり綺麗にしまってあった。
材料と道具を揃えてさっそく料理を始める。もも肉はパックから取り出し、適度な大きさに切る。唐揚は温度管理と時間が命。そして熱々が何よりの調味料なのだ。だからしょうが醤油に漬けて放置しておく。その間にキュウリを刻み、レタスと一緒に盛り付ける。本日のデザートはキウイだ。あの人はなんだかビタミンが足りていなさそうだ。キウイの皮と向いて輪切りにし、それを皿に盛り付けておいて冷蔵庫にしまっておく。
一通りの調理を終えた所で唐揚に小麦粉をまぶす。さらに揚げ物用鍋に新しい油を注ぎ、加熱する。その間に炊飯ジャーが炊き上がりのアラームを鳴らす。
うむ。計算通り。
 というか、この料理の描写は必要なのだろうか?
 まあいい。あとは読み手が読みたければ読むだろう。うん。とりあえず、書いてはおこう。俺の家事スキa