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◆ / Contents

第1話 口裂け女
第2話 ひとりかくれんぼ
第3話 七人ミサキ




 さて、「俺と彼女の話」では俺と彼女の出会いがメインの話だった。まあ、お察しの通り神秘とやらに関わったことで、俺はこれから彼女・リーナさんと共に摩訶不思議で奇想天外な体験を数多くすることになる。
 ここから先は主にそんな話をしていこうと思う。
 ん? なんかいきなり世界観が変わってないか?
 いやいや、そんなことは無い。この世界観は最初から存在していた。俺がそれを観測出来なかっただけだ。いや、していなかった。しようとしていなかったのだ。
 どこかの偉い人が言っただろう? 事象というものは観測者が存在して初めて存在出来る、と。俺はその観測者になっていなかっただけだ。だから、俺にとって神秘は存在しないことになっていた。だが、リーナさんは最初から観測者で傍観者だった。俺は彼女に関わり、観測者の隣に立つことで観測者の一員となったわけだ。
 な? 別に世界観が変わったわけじゃないだろう? 変わったのは、俺の視点だ。だから、俺の視点で書いたこれを読んでいる読み手にとってはいきなり世界観が変わったように感じるわけだ。
 まあ、そんな哲学的な話は凛さんにでもやって貰うのがいいだろう。
 俺は俺の視点で、俺が見て感じて思ったことをここに書く。出来るだけ分かりやすく書くつもりだけど、バトル描写は正直苦手だ。「目にも止まらぬスピード」だとか「有り得ない破壊力」とか、定量的な表現が出来ない場合も多々あるだろうが、そこは勘弁して貰いたい。
 おっと。また前置きをダラダラと書いてしまった。
 では、俺とリーナさんの不思議な体験を書いていこうと思う。


第1話 口裂け女


 いきなり何か文句が来ることをあえて承知でこの話を最初にしよう。
 結論から言えば、この不思議体験はもう終わっている。そう、俺を襲ったあの口裂け女の話だからだ。
 事象は既に収束している。だが、ここで語るのは口裂け女との壮絶なバトルでは無い。それはもう書いた。主にリーナさんが活躍しただけだが。
 バトルそのものは終わっており、結果だけは既に出ている。が、結果に必ずなくてはならないものがある。
 そう、原因と過程だ。
 なぜあの口裂け女は発生したのか。何が目的で、何を思い、なぜあんな姿になってしまったのか。
 何が彼女をそうさせたのか。
 第1話に相応しいとは思わないか?
 思わない?
 なら、これは飛ばして第2話の発表でも待ってくれ。第2話の複線があったり、関連性があったり、第1話から続いていたりはしない。
 この話はこれできっぱりと終わる。過程と結果を観測し、この事象は収束する。
 だから、この話はこれっきりだ。
 では、読みたい人だけ読んでくれ。



 口裂け女から襲われ、リーナさんと新たに労使契約を結んだ翌日、俺はいつも通りにリーナさんのアパートを訪れていた。
 相変わらずパンツを履かないリーナさんにパンツを履かせ、掃除・洗濯・洗いと一通りの家事をこなす。
 で、3時の休憩の時に凛さんがやってきた。
「こんにちは、霧生君。やはり続けることにしたのですか」
「こんにちは、凛さん。ええ、続けさせて貰います。リーナさんの許可は貰いました」
「それなら、私からは何も言うことはありません。ですが、これだけは約束して下さい」
 凛さんは眼鏡の奥から真剣な目つきで俺を見る。
「自分の命を最優先に考えて下さい。私やリーナさんは単独でもある程度〝D〟と戦えますが、貴方は無理です。危険を感じたら、真っ先に自分の身を守って下さい」
 まあ、当然だろうな。俺はそこらにいる普通の高校生だ。あんな化物と戦う技も術も武器も無い。
「分かりました。約束します。あ、どうぞ」
 そう言って凛さんをリビングに通し、ソファに座って貰う。リビングではリーナさんが相変わらずタバコを吸いながらぼへーっとしている。仕事復帰したはずなのに暇そうだ。
「よお、凛。忙しそうだな」
「ええ、まあ。私が忙しいのは本来あまり良くないことなのですが」
「違いない」
 そんな会話を聞きながら暖めていたコーヒーを注ぎ、シュガーとクリープをセットにして凛さんに出し、ついでにリーナさんと自分の分も持ってくる。
「この間貰った報告書なんだが、あれは昨日の〝D〟のことだったのか?」
「ええ。そのようです。貴女の初仕事として調査をして貰おうかと思ったのですが、調査よりも先に封印されてしまいました」
「たまたまだがな。・・・・・・明日人君が襲われなければ関わることは無かった」
 なにやら昨日の口裂け女の話をしているらしい。
「あの、割り込んですいません。〝D〟ってなんですか?」
「〝D〟とは化物の総称だよ。暗号のようなものだ」
 っとタバコを吹かしたリーナさんがだるそうに教えてくれた。
「一般人の目の前で、化物が発生したから処理してくれ、なんて話は出来ないだろう? まあ、少しくらいなら大丈夫だろうが、ある程度は用心しなければならない。化物や超常の類に興味を持つ人間は多いからね。だから暗号を使うのさ。〝D〟なんて記号じゃなんのことか分からないだろう?」
 なるほど。神秘管理局の知っている者同士にしか分からない暗号か。たしかに化物が出たなんて話を隣でされたら興味を持ってしまう。結果、俺のように関わってしまうことになるということか。
「〝D〟とは〝Demon〟、〝Devil〟、〝Diablo〟等の鬼や悪魔を表す単語の頭文字だよ。なぜかこういった類の言葉は〝D〟で始まることが多いんだ。インドの悪魔〝Diva〟とかね。だから〝D〟」
「なるほど。じゃあ人面犬なんかも〝D〟になるんですか?」
「いや。ただ単に人面なだけなら〝D〟にはならない。私らが言う〝D〟とは人に危害を加える可能性がある、もしくは加えたかどうかだ。浮遊霊や地縛霊のように無害なモノは神秘管理局も無関心なのさ。きりがないからね。そういう意味では宇宙人が人を襲えば〝D〟さ。封印対象だ」
 そう言って缶ビールを一気飲みする。もう少しゆっくり飲めばいいのに。まあいいや。
つまり人を襲う化物の類は全部〝D〟ということだ。じゃあ、テケテケなんかは〝D〟になるんだろうな。というか霊って存在してたのか。あっさり肯定されちゃったよ。
「霧生君。〝D〟というものはあまり神秘に関わらない無関係な人間にはさして興味を持ちませんが、貴方のように神秘の気配が移ってしまった人には興味を持ちます。気をつけて下さい」
 嫌な存在に興味を持たれてしまったようだ。
「分かりました。気をつけます。ちなみに〝D〟を倒す手段はあるんですか?」
「神秘には神秘が一番だ。魔術や銀製の武器なら打倒出来る。ああ、そうだ、凛。明日人君でも使えそうな武器は無いか? 護身用に何か持たせた方がいいだろう」
「確かに。なら、これをお渡ししておきます」
 そう言って凛さんがバックから取り出した物は黒くて重量感のある物体だった。
「え? 鉄砲?」
「はい。〝ベレッタM950ジェットファイヤ〟です。小型なので初心者でも扱えるでしょう。どうぞ」
 いや、どうぞって言われても、これ警察に見られたらどうなるの? 俺、銃刀法違反だよね?
 だが、俺も男の子。正直本物の拳銃は一度触ってみたいと思っていた。撃つのは嫌だが。
 そんなことを思いながらおそるおそる銃を手に取る。
 なるほど、本当に小さい。俺の手の平ではまるで子供の玩具程度だ。大きさのわりにずっしりとした重量感はあるが、他の拳銃と比べれば軽いほうなのだろう。携帯性に特化させたのか。
「25口径銀製弾が8発入っています。使い方は分かりますか?」
「ええと、これは・・・・・・。スライドを引けばいいんですかね?」
 映画とかでよく見るオートマチック拳銃とういうやつだろう。その辺りの機構は玩具の銃も同じだ。
「はい。それと安全装置を外して引き金を引けば発射されます。くれぐれもスライドを引いた状態で持ち歩かないで下さい。暴発の危険がありますので」
「わかりました」
「まあ、使うような状況には私がさせないさ。だが、保険はあった方がいい」
 心強い言葉である。確かにこれを使うような状況は絶対に避けたい。
「さて、凛。本題に入ろうか。仕事だろう? 私は明日人君を養わなければならなくなった。選り好みはしないぞ」
「人をヒモみたく言うな! 俺の給料のために仕事すると言い直せ!」
「分かった。男のために過労死する寸前まで働く看護師のように働こう」
「なんでそこで具体的な職種が出てくる?! 今の言い方だと完全に俺がヒモじゃん!」
「似たようなものだろう?」
「アルバイトだ! ちゃんと労働してる! というかそもそも一緒に住んでない!」
「・・・・・・話を進めてもいいですか?」
「っと、すみません」
 突っ込み出すと止まらなくなるのは悪い癖だ。
「お察しの通りお仕事です。リーナさん。とは言ってもそれ程難しいことではありません。私の調査に同行して頂きたいだけです」
「どこへだ?」
「〝D〟発生現場です。昨日封印した通称〝口裂け女〟の身元が判りました。荒城美津子。市内に住む28歳の独身女性です。これから向かいます」
 市内に住んでたのかよ口裂け女。近所だったらやだなぁ。世の中狭すぎだ。
「了解、ボス。明日人君も来るか?」
「え? いいんですか?」
「ああ。危険は無いだろう。こうなったら色々知って貰った方が、都合がいい」
 昨日の口裂け女の家か。怖いが、見てみたい。一体何がどうなってあんな顔になり、人を襲うようになったのか。
 そういうわけで、俺とリーナさんは凛さんの車で口裂け女の家を調査することになった。



 車を走らせること20分、宇宮市の駅前繁華街から若干離れた所にある住宅地に口裂け女の住んでいた家があった。俺が襲われた公園はわりと近くにある。
 家は平屋の賃貸一軒家のようだった。築30年は経っているだろうか。大分古い感じがする。
「荒城美津子。出身は青森県。高校を卒業後、宇宮市内の企業に就職するためにこちらに移ってきました。ですが、会社は5年で退職。以後、アルバイトやパートを転々としながら、生活していたらしいですが、先月から仕事先に現れなくなり、解雇。両親は彼女が15歳の時に離婚していますね。青森に母親を残していたらしいですが、去年病気で亡くなっています」
 凛さんが口裂け女の家の前で彼女の経歴を簡単に紹介する。
 なんだかあまり恵まれていない人生だったらしい。
 凛さんは手元のファイルをしまうと、ポケットからタグ付きの鍵を取り出し、扉の鍵を外す。
 凛さん、俺、リーナさんという順で家の中に入って行く。
 この家は2DKの間取りらしい。玄関から入るとすぐに台所があり、それに面して六畳間が2部屋だ。また、玄関から入ってすぐ右手には浴室とトイレがあった。
 俺はきょろきょろと周りを見る。台所は片付いておらず、流し台には食器が溜まっている。カップラーメンやコンビニ弁当の空箱がゴミ袋からはみ出す程詰め込まれていた。
 さらに、なにやら匂う。生ゴミの匂いだろうか。
 凛さんが土足で入って行ったので、俺も土足で入る。というかこんな家に靴を履かないで入りたく無い。
 凛さんは奥にある部屋の戸を開ける。
 寝室兼リビングだったのだろうか。三つ折りの布団が脇に寄せられ、テーブルが古いテレビの前に置かれている。ここも片付いていない。服が散らかっており、ゴミ箱もゴミが溢れている。
 リーナさんに近いくらい生活力が無い人だったようだ。
「・・・・・・特に変わった様子は無いですね」
 確かに汚いこと意外は普通の家だ。特に変わった所は無い。
 凛さんはさらに隣の部屋を開ける。
「・・・・・・なるほど」
 凛さんは中を見て納得しただけだったが、俺は驚愕した。まさに異常だったからだ。
 部屋にはオカルトや黒魔術、魔法関連の本が山積みされ、あちこちに魔法陣や呪文のような文字列を描いた紙切れが散乱していた。
 さらに、溶けた蝋燭や猫、鶏、蝙蝠の死体、奇妙な色の液体が入った皿など、常軌を逸した物で溢れていた。
「荒城美津子はお世辞にもルックスが良かったとは言い難い外見です。それらを魔術でどうにかしようとしたのでしょう。ですが、素人の魔術など成功することは極めて稀です」
 結果、あの顔になったというわけか。
「凛、明日人君。こっちを見てみろ」
 今度はリーナさんが何かを見つけたようだ。部屋の外から呼びかけてくる。
 部屋を出ると、リーナさんが浴室の扉を開けて中を見ていた。
 俺は中を覗きこむと、先ほどの部屋以上に驚愕した。
 浴室の脱衣所というと、普通は白を想像するだろう。だが、この脱衣所の色は黒だった。
 それも中途半端に。多分、乾いた血だ。
「この血の量・・・・・・。自殺か」
「やはりそうですか。遺体は死後2週間は経過していましたから」
 なんだって? 自殺? 死後2週間?
「ど、どういうことですか?」
「つまりだ、明日人君。荒城美津子は2週間前ここで死んだんだよ。おそらく、口を含む顔全体を切り裂いてな。魔術に失敗し、もはや修正不可能な顔になってしまったんだろう。それを見て、狂い、ここで死んだ。だが、死んでも人の念という物は残る。死ぬ直前に不完全な魔術を使ったため、それがおかしな風に作用したんだろう。結果、口裂け女というゾンビを生み出したわけだ」
 驚愕の事実。口裂け女はゾンビだった。たしかにあんなに顔を切り裂いて生きているとは考えにくい。だが、ゾンビというと緩慢な動きで内臓を求めるあのイメージしかないため、襲われた時は生きている人間だとばかり思った。
まあ、生きている人間にはありえない身体能力を持っていたが。
 俺は気分が悪くなって脱衣所から離れる。そして、開け放しになっている寝室の方をちらりと見た。
「ん?」
 本や書類が積もった机にある物を見つける。
「リーナさん、凛さん。パソコンがあります」
 俺は寝室に行き、机の上の物をどかすと、そこには黒いノートパソコンが置いてあった。電源ランプが点滅しているところを見ると、スタンバイ状態のようだ。
 液晶パネルを上げると、すぐにウィンドウズが立ち上がる。
 リーナさんと凛さんも俺の両サイドからパソコンを見る。
 液晶の画面には荒城美津子が最後に見ていたサイトがそのまま表示された。
 ブログである。
 ログインしたまま、放置されていたのだろうか。タイムアウトでログアウトされているが、ウェブブラウザにはIDとパスワードが登録されており、すぐにログイン出来た。
「これは・・・・・・。荒城美津子のものですね。霧生君。少し遡って見てもらえますか」
 俺は言われるがまま、1ヶ月程前の日付まで戻る。
 そこには書かれている内容は普通の日記だった。会社での出来事や自身の話など、特に変わらない普通の女性の日記の内容そのものだ。
 この人はきっといい人だったのだろう。
 だが、先月の頭の頃に事の発端はあったようだ。
 ブログのプロフィール欄には自画像などを貼り付けるためのスペースがあり、そこには自分の写真や似顔絵、キャラクター等を添付することが出来る。
 そこに自分の写真を載せたようだった。今は残ってはいないが。
 そこに特に深い意味は無かったのだろう。何気なく皆やってるから自分もやってみた。それだけだったのだろう。
 だが、その日を境に日記へのコメントは辛辣なものとなった。
『写真載せるなブス』
『不細工』
『見なきゃ良かった』
『いい美容整形の病院を知っています』
 これまでちゃんとコメントを書いてくれていた人までもが、途端に誹謗中傷を書くようになった。
 たった1枚の写真を載せただけ。たった1度素顔を見せただけ。それだけで、彼女の世界は変わってしまったのだ。
 一体どんな思いでこのブログを見たのだろうか。
 おそらく美容整形をしたいと願ったはずだ。だが、彼女の経済状況では高額な整形は出来ない。
 そこで頼ったのが・・・・・・頼ってしまったのが〝神秘〟。
 美を求める者は太古の昔から居た。当然、魔術の中にも美を追求するものがある。彼女はそれを探し、通販で道具を買い、そして実行してしまった。
 自身の容姿に絶望し、それでも希望を求めた悲しき〝D〟だった。
「ある程度想像はしていたが、やりきれないな・・・・・・。まさかネットとは。顔が分からんとなると、人間とは醜いものだ」
「こういったネットでのいじめは最近増えているようです。まさか〝D〟がネットいじめによる産物とは・・・・・・。管理局でも考えを改めないといけないかもしれません」
 リーナさんと凛さんも沈痛な表情で荒城美津子のブログを見ていた。
 ネットの匿名性によるいじめ。よくある現象を発端に、文字通り〝魔〟がさしたのだ。
「でも、口裂け女になってからはなんでトレンチコートなんか着て人を襲ったんですかね? なんか恨みを晴らすように美人を襲うとかなら分かるんですけど」
 自分自身の外見に絶望し、死んでしまった怨念ならば、美人に嫉妬して襲い掛かっても不思議ではあるまい。素人の意見ではあるが。だが、ニュースを見る限り、襲われていたのは特に関係の無さそうなおっさんやおばさんだった。
「それに関しては偶然の産物と思われます。口裂け女を作ったのは、この地の人々です」
 だが、予想外の答えが帰ってきた。
「この辺りは大分前に一度口裂け女騒動起きたことがあるんだ。というか、今回と似たようなケースが起きたことがある。経緯もほぼ同じだ。その時は君の推測通り、若い女性ばかりが標的になり、神秘管理局が封印した。だが、中途半端に生き残った人間が居たため噂が噂を呼び、大きくなってしまったんだ。曰く、マスクをした女が〝わたしきれい?〟と問い掛けてくる。曰く、マスクを取ると口が耳まで裂けている。曰く、出会うと同じ顔にされる、等々だ。そうした怪異にまつわる噂は伝染し、人々の記憶に残る。神秘管理局もそこまでは手を出さない。そして、人々の記憶に有り続けるということは、その地に残留するということだ。それが荒城美津子の死体に入り込んだのだろう。その結果、人々の記憶にある当時の〝口裂け女〟を再現したんだ。噂というものは時に真実を捏造してしまう場合もある。口裂け女は実在した。いずれ再び現れる。現れて欲しいという願いが実現してしまったんだよ」
 つまり、ゾンビを口裂け女にしたのは、この辺り一体に住む宇宮市の皆さんということか。
 様々な偶然が重なりあった結果、口裂け女という悲しき〝D〟が生み出された。
 俺は彼女に同情する。この言葉自体が上から目線だが、真実を知った俺だけでも、彼女の冥福を祈りたいと思うのは間違っているだろうか。
 〝D〟でも口裂け女でも無く、孤独と絶望の中で自らの命を絶った荒城美津子という哀れな女性に。



 以上が口裂け女発生の過程だ。
 単体では意味の無い事象や現象が重なり合い、まるで共振したように別の事象を発生させる。
 今回の事件はその過程と結果だったわけだ。
 バトル展開は既に終わっているため、ここでは説明ばかりになってしまったが、別にバトル系小説を目指しているわけではないからいいだろう。
 まあ、この後は神秘管理局がこの家の処分を行い、荒城美津子は公式には病死ということになった。神秘管理局はかなり権限があるらしい。
 俺はこの後、帰りにスーパーによって夕飯の材料を買い、リーナさんと凛さんに鍋をごちそうしたところ、凛さんまでビールを飲んでしまい、酔っ払った2人に絡まれて俺まで巻き込まれ、朝帰りをして明日香にこっぴどく怒られたというのは事件とはなんの関係も無いことだ。
 ちなみにこれは完全に蛇足だが、凛さんは酔うと子供っぽくなるようだ。
 ちょっと可愛かった。




〝ひとりかくれんぼ〟というのをご存知だろうか?
 いや、友達のいないニートの一人遊びじゃないぞ? 最近になって広まった遊びだ。
 いや、正確には遊びではない。
 儀式、という単語が一番当てはまる。
 少し前に〝コックリさん〟というのが流行らなかっただろうか? そう、紙に文字と数字を書き、10円玉でやるあの遊びだ。
 あれと似たような物だろう。「やると何かが起こる」という点では共通している。だが、何が起こるかは分からない。そこが面白い。
 そう、〝ひとりかくれんぼ〟も〝コックリさん〟も人間の好奇心をうまく突いた神秘を呼ぶ儀式なのだ。
 人間という生き物は、知らない物を知りたがる困った生き物だ。なまじ頭がいいからだろう。分からないモノ、得体が知れないモノの正体を探ろうとしてしまう。知ろうとしてしまう。
 知らなくていいモノまで。
 この話は得体の知れない〝遊び〟に惹かれた人間の話だ。
 少々長くなるかもしれないが、興味があるなら付き合って頂きたい。


第2話 ひとりかくれんぼ


「ねぇねぇお兄ちゃん」
 朝飯を黙々と食べていると、朝食作りを終えたツインテールという希少価値とプレミアがついたリアル妹の明日香が話し掛けてきた。
 まだ夏休みは1週間残っているが、アルバイト中の俺の朝は早い。部活に行く妹に合わせて朝7時に起床し、朝飯を食い、家の掃除や洗濯をして10時にはアルバイト先のリーナさんの家に行く。
 もうこの生活に慣れてしまった。そういえば来週から学校だ。リーナさんには言っておかないと。
「お兄ちゃん? 聞いてる?」
「聞いてるぞ。どした?」
 いかんいかん。ついつい自分の将来のことを考えてしまった。将来って言ってもたかだかアルバイトのことだが。まあ、今考えても仕方ないか。
「昨日部活の先輩に聞いたんだけどね」
「口裂け女の話か? お前の先輩は好きだなぁ、そういうの」
「違うの。口裂け女の話じゃないの」
「んじゃ、なんだ? テケテケか?」
「それも違う。ねぇ、お兄ちゃん、知ってる?」
「何をだ? 主語がねぇぞ」
 日本人は好きだよなぁ。動詞だけで会話するの。通じちゃうから不思議だ。
「んとね」
 妹は若干間を置いて主語を言った。
「〝ひとりかくれんぼ〟」
「・・・・・・。そりゃどこのニートの1人遊びだ? 倒錯するにも程があるぞ。友達作れ。友達」
 だいたい1人でかくれんぼって鬼はどうするんだ鬼は。
「違うの。なんていうか、都市伝説なのよ。夜中に1人でかくれんぼをすると、何かが起きるっていうやつ」
「ほほぅ。リアルパルプンテか。皆でドラゴンになったら最高だ。3だったらはぐれメタルも一撃だぜ」
「ドラクエの話じゃなくて・・・・・・。なんかね、手順がちゃんとあって、その通りにしないと危険なんだって」
 そう言うと明日香は〝ひとりかくれんぼ〟とやらの手順を説明し始めた。
 聞けば聞くほど意味の分からない手順だったが、なんとなくオカルトが加わっている気がする。
「んで? 結局それやるとどうなるんだ?」
「分かんない。何も起きなかったていう人の方が多いんだけど、隠れてる間に変な音を聞いたとか、幽霊を見たっていう人が多いかな。あと、中にはおかしくなって自殺しちゃった、とか行方不明になった、とか」
 不気味な話だ。だが、それくらいのインパクトにある話が無いと都市伝説として広まったりしないか。
「まあ、俺は興味ねぇや。夜中なんて寝てるしな。そんな倒錯的な遊びするくらいなら寝てる方がましだ」
「まぁね。あ、私もう行くね」
「おう。行ってらっしゃい」
 話すだけ話して明日香は部活に出掛けて行った。ちなみに妹の部活はダンス部らしい。俺が居た頃は無かったんだが。それも社交ダンスや舞踊とかではなく、ヒップホップやブレーキングらしい。すげぇな、中学生。
 まあでも、妹の部活などに露ほども興味が沸かない俺は、妹の分の食器を洗い、本日の掃除と洗濯を終わらせてリーナさんの家に行くことにした。



「〝ひとりかくれんぼ〟?」
「ええ。今日妹に聞いたんです。知ってます?」
「いや、知らないな。ひとりエッチの発展型か?」
「どう発展したらそれがかくれんぼになるんだよ!」
「いや、1人なのに誰かが居るという設定を作って隠れてオナ・・・・・・」
「言わせねぇよ! つーかなんだその設定! 痛すぎる!」
「ヘッドホンで音楽を聞いてると思わせつつ、片耳からは足音が拾えるように微妙にずらしたり、ズボンも全部脱がずにチャックからぽろりと出したり、エロ動画と同時にバックグラウンドでオフィスなんかを開いたり等々を1人なのに実行して興奮するのかな?」
「具体的なテクニックを言いながら説明するな!」
「チャックから出してたら、慌てた時に悲惨なことになるな」
「その口を閉じろ!」
 相変わらず下ネタが好きな人だ。リーナさんは。っていうか女性なんだからもう少し自重して欲しい。しないだろうけど。今日も相変わらずノーパンでお出迎えだったし。
「それで? その〝ひとりセッ○ス〟というのはどうやるんだ? 想像通りでいいのかな?」
「やることが変わってるよ! 大体それ、言い方変えただけで結局オナ○ーじゃん! つーか、想像通りって何を想像した!」
「ん? いや、だから、こうだろ? 男は」
 そう言うとリーナさんはいきなり箸を1本股間に当てると、前後に擦り始めた。
「やめろー! 俺の中の女性のイメージがどんどん崩れる!」
 もうこの人は女性としてみなくていいような気がするが。しかし、残念なことにボディはとびっきりの女性なのだった。
 色々と間違っている気がする。
「話が逸れた。それで? その危ない大人の遊びがどうかしたのかい?」
「・・・・・・まあ、その、どうにも〝ひとりかくれんぼ〟の手順にオカルトじみたことが混じってるようなので、専門家の意見を聞きたいな、と。なんか噂では自殺者や行方不明者も出ているようですし」
「ふむ。なるほど。ならば手順を詳しく教えてくれ」
 俺はコーヒーをもう一杯淹れた後、手順を話し始めた。
 まず、ぬいぐるみと赤い糸、米、塩水、爪切り、ハサミ、刃物を用意する。
 下準備として、ぬいぐるみをハサミで切って中の綿を抜き、爪切りで切った自分の爪と米を詰め、開いた口は赤い糸で縫いつける。この際、余った赤い糸はぬいぐるみの全身に巻きつける。さらに、そのぬいぐるみに名前を付ける。
 その後、風呂桶に水を張り、コップに塩水を作る。
 午前3時になったらひとりかくれんぼ開始だ。
 まず、ぬいぐるみに対し、「最初の鬼は○○」と3回言って水を張った風呂桶に入れる。○○は自分の名前だ。つまり、まずは自分が鬼だということを宣言する。
 その後、家中の電気を消し、テレビは砂嵐の状態にする。そして、目を瞑って10秒数えたら刃物を持って風呂場に行き、ぬいぐるみを風呂桶から引き上げて、「□□、見つけた」と言いながら刃物で刺す。□□とはぬいぐるみに付けた名前だ。
 ぬいぐるみを刃物で刺したら、「次は□□が鬼」と言い、押入れやクローゼットに隠れる。
 この時、塩水は必ず事前に隠れる場所に置いておく。
 その後、2時間以内に塩水を口に含んでぬいぐるみを探し、ぬいぐるみに口に含んだ塩水と残りの塩水を掛けて、「私の勝ち」と3回言う。
 これで終了だ。
 なんでも、隠れている間やぬいぐるみを探す間に何かが起こるという話だ。しかも、ぬいぐるみが移動しているという噂もあるという。
「なるほど・・・・・・」
 一通り説明を聞いたリーナさんがタバコを吹かしながら興味深そうに呟いた。
「まあ、こんな感じです。なんだか遊びにしては手が込んでるというか、不気味な感じですよね。なんでも、隠れている間に足音を聞いて、それ以来ずっとその足音が聞こえ続けて、気が狂って自殺したとか、そういう話が多いんです」
「明日人君」
「はい?」
「絶対にやるなよ」
「え?」
 リーナさんの真剣な目に思わず身を引く俺。これは多分本気だ。
 ということは、この〝ひとりかくれんぼ〟はやはりまずいモノなのだ。
「その〝ひとりかくれんぼ〟の手順、大分簡略化されているが、召喚儀式の一種だ。仏教や道教が混じっているが、一昔前に流行った〝こっくりさん〟と同様の簡易降霊術だよ」
 こっくりさん? あの紙に平仮名の文字と数字を書いて十円玉でやるあの遊びか。
 あれも召喚術の一種だったのか?
「まず、ぬいぐるみだが、これは憑代(よりしろ)だ。米と人体の一部を入れることにより、内臓に見立てている。そして、赤い糸は魔力の通り道である血管の見立てだ。昔の道教では鶏の血で赤い糸を作り、それを術に使っていた。これらが組み合わさることで、ぬいぐるみは魂の簡易的な器として機能する。それを午前3時、つまり丑の刻の終わりだ。この時間は霊がもっとも活発化する時間なんだ。そして憑代(よりしろ)に対し名前を付け、刃物で刺す。まさに丑の刻参りの再現さ。丑の刻参りとはそもそも、呪いたい人間の体の一部が入った藁人形に霊を降霊させ、それを刺すことにより霊を刺激し、刺した人間と呪いたい人間を霊に誤認させてけしかける呪術だ。しかし、〝ひとりかくれんぼ〟の場合、中に入っているのは自分の爪だ。もはや自分に呪いを掛けているのと同じだ。その結果――」
 ぬいぐるみに召喚された霊は自分に襲い掛かってくる。えらく遠回しで回りくどい自殺方法だったのだ。
「塩水というのは術の解除に使うのさ。もともと霊は塩や塩水を嫌う。これを撒かれることにより霊は退散し、術は解除されるというわけだ」
 生存方法もしっかり示していてくれたというわけか。しかし、気になることがある。
「この噂の出処ってどこなんですかね?」
「それだよ」
 リーナさんが吸い終わったタバコを灰皿に押し付け、すぐに次のタバコを取り出し、火を付ける。
「荒城美津子の時も思ったが、普通こういった術式の類の情報が書籍やインターネットに載ると、神秘管理局がかなり速い段階で封印し、ほぼ流れることは無い。そう考えると、噂の出所は口コミや個人作成の書物である可能性が高い。が、噂を流した奴の目的が分からん。術を広めて死人を増やしたいならなぜ解除方法まで一緒に流行らせたのか。ただの愉快犯か、それとも・・・・・・」
 珍しいことにリーナさんが真面目に考え事をしている。しかし、今更ながら真面目な顔をすると美人だな、この人。寝癖が残念な感じだが。
「まあ、凛の耳に入れておこう。実害が出れば神秘管理局も動くだろう。とりあえず、君はするなよ? 神秘の気配を持っている君がやったら、間違い無く来るぞ。凶悪なのが」
「わ、わかりました。というかそんな話聞いたらやらないですよ」
「まあ、そう思って話したんだ。君はわざわざ危険を冒す人間では無いからね。だが、この話を知らない、信じない君の妹ちゃんたちの方が心配だ」
 明日香が〝ひとりかくれんぼ〟を? 有り得ん。第一、家には常に俺が居る。
 だが、明日香の先輩や同級生はどうだろうか。中学生だったら好奇心からやってみたくなるかもしれない。いや、中学生だからでは無い。大抵の人間はそういった自分でも出来そうなオカルトを目にすると好奇心から手を出し始める。こっくりさんがいい例だ。
「その〝ひとりかくれんぼ〟はどんな人間がやっても危険なんですか?」
「いや。魔力、俗に言う霊感が強くなければ何も起こりはしない。霊は魔力の強い人間にしか興味を示さないし、呼び掛けにも応えない。大抵の人間は大丈夫さ。ただ・・・・・・」
「霊感の強い人間がやると・・・・・・」
「危険かもしれない。まあ、そういう人間程本能的に危険なモノを避ける傾向にあるから心配は無い。危険なのは自覚の無い人間だ」
「つまり、霊感があることに気付いていない上に、そういったモノに興味を持ってしまう人間」
「その通りだ」
 そう言ってタバコを灰皿に押し付ける。
「まあ、気にすることは無いさ。工程が中途半端だから霊が来る確率は低い。来ても塩水があれば大したことは出来ないさ」
 リーナさんはそう言うと缶ビールをぐびぐびと飲み始めた。
 俺はこの時、〝ひとりかくれんぼ〟の話はこれで終わりだと思った。
 思っていた。



 その晩、俺は自分の部屋でゲームをしていた。既に深夜1時を回っている。いつもなら寝ている時間だが、なかなか途中で止められなくて気がつけばこんな時間になっていた。
 そろそろキリのいい所で終わりにしようと思っていたところでドアをノックする音が聞こえた。この家には妹の明日香しかいないから明日香なんだろう。
「どした?」
「お兄ちゃん、今いい?」
 俺が応えるとガチャリとドアが開く音がして、案の定明日香が入ってくる。
「どした? こんな時間に。明日部活なんじゃないのか?」
「ん・・・・・・。明日、部活は休み」
 もう寝る前だったのか、ツインテールをほどいて髪の毛を下ろし、水色の半袖パジャマを着た妹が勝手に俺の部屋のベッドに腰掛ける。
 今まであまり気にしなかったが、ほどくとかなり長いな。こいつの髪は。
「なんだ、じゃあお前も夜更かしか? あんまり体には良くないぞ」
「うん・・・・・・。それは・・・・・・分かってるんだけど・・・・・・」
 なんだか歯切れが悪い。俺に対しては結構遠慮無しに言ってくる明日香にしては珍しい事だ。
「なんだよ?」
 俺はゲームの手を止めて明日香の方を向く。明日香は困ったような顔をしている。
「実はね、私の同級生が今夜やるって・・・・・・」
「やる? 何をだ?」
 朝と同じで主語が無い。一体何をやるのだろうか。
「その・・・・・・〝ひとりかくれんぼ〟」
 なんだって? あれをやるのか?
「本当か?」
「うん。でも、その子、1人でやるのは怖いから、メールで連絡取れるように起きてて欲しいって。かくれんぼ中でもメールはOKみたいだから。でも・・・・・・」
 明日香は申し訳なさそうに俺のTシャツの襟首を掴む。
「私も怖いからお兄ちゃんに起きてて欲しいの・・・・・・」
 まずい。昼間あの遊びは危険だということを教えて貰ったばかりだ。ここは止めるべきだろうか。だが、俺がいきなり言ったところで信じないだろうし、止めるとは思えない。大体、言われただけで止める程度の好奇心なら噂を聞いた時点でやらない。
 ここは様子を見るべきだろう。明日香と一緒にその同級生とやらのメールを見て、異常が起こったら対応出来るように待機しておいた方がいい。
「ね、お兄ちゃん。ダメ?」
 明日香はベッドから降りて俺の隣にペタンと座ると上目遣いで尋ねてくる。
「いや、構わない。むしろ俺も興味があるからメールが着たら全部教えてくれ」
「ほんと? やったぁ! じゃあ、ここに居ていい?」
「いいぞ」
 確か〝ひとりかくれんぼ〟は午前3時に開始だったな。まだ時間はある。今のうちにリーナさんに連絡しておいた方がいいだろうか。
 ん? そういえばあの人って携帯電話持ってないよな? 自宅の電話もだ。連絡は凛さんが全部書類を直接持ってきてたし。
 そういえば凛さんの連絡先も知らない。
 迂闊だった。神秘に関わった時点で彼女らにすぐ連絡出来る手段を確保するべきだった。
 幸いまだ開始まで時間がある。今からリーナさんの家に行くか。いや、あの人のことだ。絶対寝てる。しかも、大半の人間は〝ひとりかくれんぼ〟をしても何も起こらないと言っていた。
 まだ何も起きていないのにリーナさんを引っ張り出すわけにはいかない。
 仕方ない。何も起こらないように祈るか。
 だが、もし何か起きたら・・・・・・。
「明日香。ここじゃ何かあった時にその同級生の家に駆けつけられない。時間になったら外に行くぞ」
「え? う、うん。いいけど。そこまですることなの?」
「いや、その・・・・・・。〝ひとりかくれんぼ〟するってことはその同級生は今家に1人なんだろ? 物騒だしさ。コンビニでなんかお菓子とかジュースでも買って散歩でもしよう。たまにはいいだろ。夏だし、寒くは無いからな」
 そう言って俺はとりあえず時間までに中途半端になっていたゲームを終わらせた。



「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「友達の家は反対方向だよ?」
「まあ、いいから。そんなに遠くは無いんだろ?」
「まあ、そうだけど・・・・・・」
 明日香は腑に落ちないといった表情で首を傾げている。
 当然だ。俺が今向かっているのはリーナさんの住むアパートの方なのだ。
 何かあった時、俺と明日香だけじゃ正直何も出来ない。やはり専門家に任すのが一番だ。
 俺はそう思い、明日香を誤魔化しながらリーナさん家に向かって夜道を2人で歩いていた。
「今のところ何も無い?」
「うん。眠くなってきたってメールに書いてある」
「寝ないように伝えてくれ。寝たら終わらせられないからな。第一、俺達が付き合ってんだから寝て貰っちゃ困る」
「は~い」
 そう、既に〝ひとりかくれんぼ〟開始30分は経過している。だが、その子からのメールには今のところ異常は無い。取り越し苦労だっただろうか。それならそれでいいんだが。
 念のため凛さんから貰った拳銃も持ってきている。なんだっけ? ジェットマグナムだっけ? 小さいから上着のポケットにも入るサイズだ。いざとなったらこれを撃つ覚悟をしなければならない。
 俺がそんなことを考えていた時――
「お、お兄ちゃん!」
 明日香が突然大声で俺を呼んだ。
「どした?」
「これ!」
 そう言って明日香は携帯電話のディスプレイを見せてくる。そこにはメールの内容が出ていた。
『今なんか聞こえた』
 今なんか聞こえた? 物音か? 何か起きてしまったのか?
 さらに俺が見ている間に携帯電話が震える。画面には「Eメール1件」と表示されている。
 明日香がそのメールをすぐに開き、見せてくる。
『また聞こえた。絶対なんかいる』
 まずい。やはり何かが起きている。
「明日香! こっちだ!」
「え?! お兄ちゃん! 逆方向だよ!」
「いいから! 助っ人を呼ぶ!」
 そう言うと俺は明日香の手を引いて駆け出した。
 既に近くまで来ていたため、数分でリーナさんのアパートに着く。
 寝ているだろうか。いや、部屋の明かりが点いている。まだ起きているかもしれない。どっちにしろ頼れるのは彼女だけだ。
 俺は明日香の手を引いたまま、リーナさんの部屋の前に行き、鍵を取り出して断りもせずに扉を開ける。
「リーナさん!」
 叫びながら靴を脱ぎ、いつもリーナさんが居るリビングに向かう。
 そこで、俺は硬直した。
「ん? なんだ? 明日人君。こんな時間に」
 リーナさんはすっぽんぽんだった。バスタオルが首に申し訳程度に掛かっているだけで、上半身も下半身も丸出しだ。
 どうやら風呂上りに飛び込んでしまったようだ。しかも妹同伴で。その妹も完全に硬直している。つーか、俺が見てるのになんで隠さないんだこの人は。
「ん? どうしたんだい? さてはあれかな。これが有名な夜這いというやつかな? なら、もっと静かに来るといい。ムードが出る」
「妹同伴で夜這いに来るか! つーか隠せ!」
 ようやく思考能力が戻り、突っ込むことが出来た。いや、まず突っ込まれるべきは自分なのだが、リーナさんは突っ込みじゃなくボケだからしょうがない。
「おお。この子が話しに出ていた君の妹か。そうか。3人でしたかったのか。君も好きだなぁ」
「下(しも)の話から離れろ! どんどん誤解が広がる!」
 その妹こと明日香はまだ思考能力が戻っていないのか、リーナさんを見て硬直したままだ。
「とにかく! すぐに服を着て、助けて下さい!」
「ふむ。なにやら急を要する事態のようだ。よし、ここは手順を省略してノーパン、ノーブラで」
「下着は着けろ!」
 ぎゃいぎゃい喚いているうちに明日香の携帯が再び震えだす。その震動で明日香がようやく正気に戻った。
「お兄ちゃん! やばいよ・・・・・・」
 俺はメールを見た。
『なんかいる。ぜったいなんかいる。ドアあけしめしてるおときこえる』
 もはや漢字変換をする余裕すら無いらしい。確実にこの子の身に何かが起きている。
「リーナさん! 明日香の友達が〝ひとりかくれんぼ〟をやっているらしくて、何か起きてるらしいんです! 助けて下さい!」
「やれやれ・・・・・・。近いうちに来ると思っていたが、まさか今日とは」
 リーナさんがようやくライダースーツを身に付けた。風呂上りで髪が乾いていないが、寝癖の無い綺麗な髪とスラッとしたライダースーツがよく似合う。
 うわ。この人、ちゃんとした格好するとすげーかっこいい。
「まあ、君の頼みだ。ご主人様に仕える性奴隷の如く働くさ」
 でも台詞はかっこ悪かった。
「なんで全部下ネタに持っていくんだ! つーか、俺のご主人様はアンタでしょうが!」
「おお。なら私は君に見返りを求めることも出来るのか」
 なにやら目が怪しく光ったぞ今。やばいかもしれない。が、そんなことを言ってもいられない。そもそも、家事手伝いの報酬なら十分過ぎる程貰っている。これは完全に私的なお願いなのだ。見返りを求められても仕方が無い。
 ・・・・・・金の請求だといいな。
「俺に出来ることならします。リーナさん、助けて下さい」
「ふふ。素直だな君は。なら、一肌脱ごうか」
 嬉しそうにそう言って本当に脱ごうとしたリーナさんを制止して俺達は明日香の友達の家に向かった。



 夜道を明日香の案内の元、3人で走る。リーナさんの家に寄ったため、かなり遠回りになったしまった。しかもリーナさんは車を持っていない。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。リーナだ。宜しく」
「は、はい。明日香です。よ、よろしくお願い、します」
 走りながら途切れ途切れに自己紹介をする明日香。舌噛むぞ。
「俺の雇い主だ。俺のアルバイトはこの人の家の家事手伝いだ」
「ええ?! じゃあ、あの・・・・・・」
 そこまで言って妹は口を手で押えた。どうやら察してくれたらしい。助かった。
「明日人君。後で聞きたいことがある」
 助かってなかった。
「明日香、メールは?」
「来なくなっちゃった・・・・・・。どうしよう・・・・・・」
「家はまだ先かい?」
「もうすぐです! って、あ、あれ?」
 急に明日香が立ち止まる。
「ここって・・・・・・。え? あれ?」
「どうした? 落ち着け、明日香」
「と、通り過ぎちゃってる・・・・・・。そんな・・・・・・」
 そう言って来た道を明日香は戻っていく。俺とリーナさんは明日香に着いて行くが、しばらく走った所でまた明日香が困惑する。
「あ、あれ? そんな・・・・・・。また通り過ぎてる・・・・・・」
「明日香、落ち着け。どの家なんだ? ここから見えるか?」
「見えない・・・・・・。でも、あの角を曲がってすぐだったと思ったのに・・・・・・」
 どういうことだ? 何度もその友人の家に来ている明日香が夜とはいえ2度も通り過ぎるなんて有り得るのか?
「なるほど」
「リーナさん?」
「明日人君。どうやら人除けの結界が張られているようだ」
 え? 結界? あれか? ATフィールド的な? それともIフィールドか?
「そんな直接的なモノじゃない。そうだな・・・・・・。あれが一番近い。石ころ帽子」
 石ころ帽子? それって確かドラえもんの道具じゃなかったか?
「確か見えなくなる道具でしたっけ?」
「厳密には違う。石ころ帽子は透明になるわけでも、光学迷彩を使ってるわけでも無い。君は道端に落ちている石ころをいちいち気にするか?」
「いえ、全然。よほど大きくなければ」
「そういうことだ。あれをかぶるとまるで道端に落ちているなんの変哲も無い石ころのように気にされなくなるんだ。この結界も同じだ。存在感が希薄になるんだ。だから、気にならなくなる。つまり、巨大な石ころ帽子を家全体がかぶってるのさ」
 なるほど。だが、それでは辿り着けない。
「じゃ、じゃあ、どうすれば」
「存在感が薄かろうが、存在しているならそこにある。明日香ちゃん。家はあの角を曲がって1軒目で間違い無いんだね?」
「はい。それは間違いありません」
「なら、2人とも私の手を握って」
 そう言われた俺達はリーナさんの両サイドに行き、手を握る。う、なんだろう、ちょっとドキドキする。ちなみに、家族以外の女性の手を握ったのは初めてだ。汗拭けば良かった。
「2人共目を瞑って。感じるべきなのは地面だけでいい。視覚は要らない」
 リーナさんはそう言いながら俺達の手を引く。そして、確実に歩を進めていく。
 目を瞑っているせいか、歩いた距離の感覚が分からないが、結構歩いたような気がする。だが、歩みは止まらない。もう既に通り過ぎているのではと思った時、リーナさんの声が響いた。
「もう目を開けて構わないよ」
 急いで目を開け、焦点を合わせると、目の前には一軒家の門扉が目に飛び込んで来た。
「・・・・・・井上、さんか。間違いないか?」
「うん! ここ! やった!」
 どうやら間違い無いようだ。しかし、なぜリーナさんは辿り着けるのだろうか。
「私は視覚に頼らずともある程度行動が出来るからね。まあ、野生の勘だ」
 つくづく変な人である。まあ、何はともあれ、早いところ救出に向かわなければなるまい。
 俺は門扉を開けて玄関まで行くと、ドアノブを回す。当然ながら閉まっている。
「くそ! 他に入れる所は・・・・・・」
「探す必要は無いさ」
 そう言うとリーナさんは木製の扉の前で握り拳を作る。
「ま、まさか・・・・・・」
 止める間も無く、リーナさんの拳が木製の扉に突き刺さる。なんだこの人。厚さ数センチの板までぶち破れるのか。
 リーナさんは木製の扉に肩まで突っ込み、内側から鍵を開ける。完全に泥棒の手口だろ、これ。もっとも、普通の泥棒はガラスが限界だがな。
 まあ、緊急事態だ。扉のことはあとで考えよう。
「さて、そのお友達とやらの部屋は2階かな?」
「はい。2階の一番奥の部屋です」
「急ぐぞ!」
 俺達は玄関のすぐ目の前にある階段を駆け上る。だが、途中でおかしな物を見つける。
「これは・・・・・・」
「水と米、か。どうやら、〝ひとりかくれんぼ〟は大成功のようだ。上に続いている」
「くっそ!」
 まずい。結界のせいで来るのに時間が掛かってしまった。
 俺は駆け足で階段を上ると、一番奥の部屋の扉を開ける。
 部屋は女の子だというのがすぐに分かるような内装だった。人形やぬいぐるみが飾ってあり、カーテンやベッドにはピンク色の模様が付いている。それらが砂嵐のテレビの光でぼんやりと映し出され、奇妙なコントラストを描いている。
 そして、その女の子の部屋には明らかに異質な物があった。
 部屋の中央に濡れたぬいぐるみが転がっているのである。
「まじか・・・・・・。まじでぬいぐるみが動いたのか・・・・・・?」
 メールのやりとりから、明日香の友達の子はこの部屋のクローゼットに隠れているはずだ。そこから一歩も動いていないとなると、間違い無くこのぬいぐるみは自力でここまで来たのだ。
「明日人君。下がれ」
 後ろから追いついてきたリーナさんが俺の襟首を掴み、引っ張ると、前へ出る。
 その途端、ぬいぐるみがいきなりリーナさん目掛けて飛んできた。
 まじ怖い。これは怖いぞ。
 だが、リーナさんは慌てることなく、ぬいぐるみの頭部を鷲掴みにし、首を引きちぎる。そして、赤い糸をぶちぶちと千切り、中身の米をぶち撒けた。
 わぁお。男前。
「さて、器は壊れた。中に入っていたのは誰だ? 姿を見せるくらいはしたらどうだ?」
 え? やっぱり中の人いたんだ。見せなくていいです。そのまま消えて下さい。
(フフフフフフフ・・・・・・)
 そんな懇願も空しく、声が聞こえてきた。まじかよ。出ちゃうの?
 そんなことを思いながら、リーナさんの背中越しに前を見る。そこには、髪の長い女が居た。
 年の頃は15~17歳だろうか。俺達とそう変わらない年だ。服装はどうやら学生服のようだ。だが、見たことの無い制服だ。
 髪のせいで目元は見えないが、口元ははっきり見える。紫色の唇が笑ったように釣りあがっている。
 そして、顔を上げる。
「こんばんは~。幽霊の陽菜(ハルナ)っていいます~。どうも~。初めまして~」
 思わず俺はその場でこけた。
 なんだそのお笑い芸人の登場挨拶みたいなノリは。
「ほう。随分意識のはっきりした幽霊だな。私はリーナだ。よろしく」
 ってかこの人も普通に挨拶しちゃってるし。なんなんだ、一体。
「すいません。脅かすつもりは無かったんです~。ただ、なんか入れそうな肉体があったんで入ったらなんとこれがぬいぐるみ! 私もうパニクちゃって。助けを求めて家中探して歩いてクローゼットを開けたら中にいた子に思い切り蹴られちゃったんです。いやもう、何がなんだか。あ、そういえば、私の姿見えます? 大丈夫ですか?」
 しかも心配されちゃったよ。
「あ、そうだ! その子は?!」
 俺は半開きになったクローゼット開ける。中には確かに女の子が1人気を失っていた。セミロングで小柄な女の子がパジャマを着たままクローゼットの壁に寄りかかっていた。
「光(ひかる)!」
 先ほどまで呆然としていた明日香がヒカルと呼ばれた女の子に駆け寄り、揺さぶる。
「おい! 大丈夫か!」
 俺も明日香の隣で光ちゃんを揺さぶり、呼び掛ける。
「う・・・・・・ううん・・・・・・」
 すぐに光ちゃんは目を覚ましたようだ。ぼんやりと焦点の合わない目で俺を見ている。
「・・・・・・付き合って下さい」
 は? 何だって? 意味が分からん。
「光、大丈夫?」
「あ、明日香! ふぇーん! 怖かったよぉ!」
 そう言うとなぜか俺に抱き付いて来た。
 ちょっと待て。なんだこの状況。つーか俺、今女の子に抱き付かれてるよ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 君、光ちゃんだっけ? 怪我とかは?」
 とりあえず、密着されていると分らないので光ちゃんを引き剥がす。
「・・・・・・ああ、なんだか目眩がして立てません~」
 そう言って、再び抱き付こうとする。が、俺は頭を押さえて止める。
「っていうか誰ですか?」
 頭を押さえられたまま、パチパチと瞬き、俺の顔を眺める。今更か。
「あ、ごめんね、光。この人、私のお兄ちゃんの明日人っていうの」
「初めまして。井上光(いのうえひかる)です。付き合って下さい」
「なんでそうなる! 脈絡というものを付けろ!」
「ええと、かっこいいので惚れました。付き合って下さい」
「もう少し過程を大事にしろ!」
 なんなんだこの子は。変だぞ。リーナさんとはまた違った意味で変だ。
 だが、落ち着け。性格はあれだが、この子めちゃくちゃ可愛いぞ。目はぱっちりしてるし、整っている。あれだ。昔の広末○子に似ている。しかもかっこいいから惚れたって、一目惚れってやつか? まじか。人生初だよ。こんな告白。
「光。駄目だよ。お兄ちゃんはノンケだもん」
 は? なんだって? ノンケ? ノンケってなんだっけ?
「大丈夫よ。明日香。愛に性別は関係無いわ!」
 性別は関係無い? あるだろ。少なくとも俺の場合、愛は女性にしか注がないぞ?
 っていうかこの会話何だ? 
「ね、明日人さんもそう思いますよね? 男同士でも愛情は成立しますよね?」
 まさか・・・・・・。まさかまさかまさか・・・・・・。この顔で? この体型で? 確かに胸は発展途上というかぺったんこだが、体全体は丸みがあってどう見ても女だぞ? 声も可愛らしい声だ。顔なんか文句無しの美少女なのに。
「まさか・・・・・・!」
「あ、そうそう、言ってなかったね、お兄ちゃん。光は男の子だよ」
「ぐはぁ!」
 男にときめいてしまったのか俺は。思わずその場に仰向けで倒れてしまった。
「あ、OKなんですか? じゃあ、頂きま~す」
「私は退席するとしよう。終わったら呼んでくれ」
「待って! ちょっと待って! お願いだからここに居て! つーかてめぇ! しれっとベルト外すんじゃねぇ!」
「ダメ?」
 うがぁ! 上目遣いめちゃ可愛い! でも男!
「ダメだ! 俺は男に貞操を捧げたくは無い!」
「見た目は女! 頭脳も女! どこがダメなんですか!」
「XY染色体の時点でアウトだ! 遺伝子レベルの話だ!」
 ベルトを外そうと俺に跨る光(もうね敬称略でいいよね?)を振り払い、立ち上がって怒鳴る。
「ひどい・・・・・・。私だって好きで男に生まれてきたわけじゃないのに・・・・・・」
 うわ。やばいよ。泣き出しちゃったよ。
「明日人君。泣かせてしまったな」
「あらあら~。ちょっと今のはきつかったかもしれませんねぇ」
「お兄ちゃん! もう少し言い方ってものがあるでしょ!」
 え? 俺が悪いの? まじで? でもなんかそんな空気になってるよね。謝んなきゃなんない空気。クラスの女子を泣かせちゃった男子みたいな。
くそ! なんでこうなる!
「ぐっ・・・・・・。す、すまん。きつい言い方をしたのは謝る」
「じゃあ、付き合って下さい!」
「断る! つーか話が進まない! まずは全員下のリビングに集合!」
 もう、無理やり纏めるしかなかった。



「んで、陽菜さんだっけ? 貴女は幽霊で間違い無い?」
「はい~。幽霊の桂木(かつらぎ)陽菜(はるな)です~。かれこれ20年くらい幽霊として彷徨ってます~」
「・・・・・・成仏して貰えませんか?」
「いきなり逝けと?! ご無体な・・・・・・。いや、実際に体は無いんですが」
 なんなんだこの幽霊は。足はあるし、はっきり見えるし、しかもなんだ? 今、物掴んでたぞ? つーか、今の冗談はあんまりうまくない。
「っていうか、本当に幽霊なんですか?」
 どうにも信じられないため、リーナさんに確認してみる。
「ああ。幽霊だ。まあ、珍しいタイプだがね。はっきりと意識がある上に、常人にも見える。おそらく消えることも出来るはずだ。違うか?」
「はい~。透明にもなれますよ~。ほら」
 そう陽菜さんが言った瞬間、彼女の姿がそれこそ幽霊のように消えていった。
「高位霊体だな。生前に異常な程高い魔力を持った人間が死後になる幽霊で、欧米では〝リッチ〟と呼ばれている稀有な存在さ。しかも、まともな理性も持ち合わせた珍しいタイプだ。生前の記憶はどうだ?」
「ありますよ~」
 そう声が聞こえたと思ったら、今度は姿を現す。すげーな。どうなってんだ?
「私、水城キリスト教女子学院に通ってたんですが、夏休みに実家に帰ろうとした時に事故で・・・・・・。それ以来浮遊霊として彷徨ってます」
 陽菜さんの話によると、20年くらい前、正確には21年前の夏に電車で帰省する最中に脱線事故に巻き込まれて死んでしまったらしい。
 なるほど。その制服は昔の女子学院の物だったのか。どうりで見たこと無い制服だと思った。しかし、何気にお嬢様だったんだなこの人。あそこは県内屈指のお嬢様学校のはずだ。確かにどことなく品がある。
 それで、陽菜さんはそれ以来この世を彷徨っていると。で、奇妙なぬいぐるみがあったもんだから興味本位で入ったらなんだか動かせてしまい、パニックになったということか。
 アホらしい。
「どうして成仏出来ないんですか? この世に未練が?」
「はい・・・・・・」
 そう尋ねると、陽菜さんは悲しそうな顔をして俯く。
「私、好きな人が居たんです・・・・・・。でも、思いを打ち明けないまま死んでしまって・・・・・・。事故現場で長いこと地縛霊をやってたものだから、その人がどこにいるのか全く・・・・・・。浮遊霊に昇格したのってつい最近なんです」
 昇格? なんのこっちゃ。まあ、たしかに20年も同じ学校には居ないよな。居たら馬鹿を通り越している。
「でも、もうその人のことは諦めました!」
「は?」
 全員が口を揃えて陽菜さんを見る。
「先ほど、お姉様に首を引きちぎられた時に感じた衝撃・・・・・・。体を壊された時に感じる刹那のカタストロフィー・・・・・・。ああ・・・・・・。凄かったです・・・・・・。お姉さまぁ・・・・・・」
 そう色っぽい声でハァハァと危ない吐息を立てながらリーナさんにふよふよと近寄り、しなだれかかる。
 一方リーナさんは我関せずとタバコを吹かしている。
 やばい、ここにも変態が居た。しかもドMだ。もしかして好きな人っててのも女か?
「お慕い致しますぅ。お姉さまぁ」
「じゃあ、私も! お兄様って呼んでもいいですかぁ?」
「便乗すんじゃねぇ! リーナさん! その人どうするんですか?」
「ん~」
 しばらくタバコを吸いながら考えるリーナさん。
「まあ、強制的に成仏させることも出来なくは無いが・・・・・・。私としては、それは最終手段にしておきたい。陽菜君。私に何を望む?」
「え? 言っちゃっていいんですかぁ? お姉さまのぉ、○○○を△△してぇ、私の○○○に□□してぇ・・・・・・」
「伏字を増やしてんじゃねぇ! ここには中学生もいるんだぞ!」
「え? お兄様ったらぁ、私はもっと過激なこと知ってますよぉ?」
「うるせーよ! 耳年増!」
「さすがに今の要求は飲めんな。私もノンケだ。君を満足させることは出来ない」
「え~。いいんですよ。成仏なんて自己満足なんですから」
「リーナさんの貞操をなんだと思ってやがるんだ?! この幽霊!」
「あらあらぁ? じゃあ、お姉様の貞操は明日人君が奪っちゃう予定なんですかぁ? うふふふふ。若いっていいですねぇ」
「なんでそうなる! いい加減に下の話から離れろ!」
「そうですよ! 大事なのはどうやってお兄様を堕とすか! これです!」
「違うわ! なにしれっとお兄様って呼んでるんだてめぇ!」
「だって嫌だとは言ってなかったですよ? ページを戻ってみて下さい」
「何の話だ! つーか許可してねぇ!」
 もう何がなんだか分からない。突っ込むのも疲れてきた。
「ともかく、陽菜さん。これからどうするんですか?」
「そうですねぇ。ご迷惑でなければお姉様に付いていきたいですねぇ」
「それは構わんよ。うちで面倒を見るか」
 まあ、それでいいならいいか。ゆっくり成仏出来る手段を探すとしよう。
「ねぇねぇ。お兄ちゃん。今思い出したんだけど、水城キリスト教女子学院ってお母さんの母校じゃない?」
 と、今まで静観していた明日香が口を開いた。大分眠そうだな。仕方ないが。
「ん? そうだっけ?」
「そうだよ。言ってたじゃん、私は結構お嬢様だったって」
 そういえばそんなことを言っていた気もする。
「お、じゃあ何か知ってるかもな。今は海外だから帰ってきた時にでも話を聞いてみるか。いつ帰ってくるか分からないが」
「ならそれまでうちに居るといい。大丈夫、彼が綺麗にしてくれているから住みやすいぞ」
「はい~。お世話になりますぅ」
 とりあえず、話は纏まったか。
「あ、そういえばリーナさんって随分幽霊にお詳しいですが、霊能者か何かですか?」
「ああ。霊能者だ。強引にで良ければ除霊も出来る」
 多分、取り憑かれた人は全治1ヶ月だな。
「すごーい! 私も遊びに行っていいですか?」
「俺は遊びに行ってるわけじゃねぇ!」
「そうだぞ、明日香ちゃん。明日人君は性欲の解消に来てるんだから」
「さらっととんでもない誤解を招くようなことを言うな!」
「お兄ちゃん最低不潔変態鬼畜死んでお願い」
「ワンブレスで罵られた?! 誤解だ! ちゃんと掃除したり洗濯したりしてる!」
「洗濯・・・・・・?」
 明日香の顔がますます険しい顔になる。しまった。この場合の洗濯対象はリーナさんの服(下着含む)しか無い。
「お兄ちゃんの性欲魔人!」
「違う! 断じて違う!」
 誰か・・・・・・。誰でもいいから助けてくれ。



 しばらく喚いて叫んで騒いでいたが、とうとう夜明けが来たため、解散することになった。
 しかし、なんということだろう。今日1日で美人ガチ百合幽霊少女と美形ガチホモ少年に出会ってしまった。
 これがエロゲーだったらもう少しおいしい事があっても良さそうなんだが、残念なことに現実だ。もう諦めたけどな。
「お兄様ぁ。いつでも遊びに来て下さいねぇ」
「まあ、そのうちな」
 絶対行かない。行ったら掘られる。
「明日香、ごめんね。ありがとう。素敵な出会いを!」
「うん。また学校でね」
「あまりおかしな事に手を出さない方がいい。君は常人よりも魔力が強い。惹きつけてしまうぞ。注意することだ」
「はい! 大丈夫です! 惹きつけるのはお兄様だけです!」
 いつ惹きつけられたんだっけ? もうどうでもいいや。突っ込むのも疲れた。
「じゃあな」
 玄関で手を振る光に挨拶し、俺と明日香とリーナさんと陽菜さんは4人で朝焼けの町を歩いていた。
「うわぁ。綺麗ですねぇ。お姉様」
「そうだな。そういえば家からほとんど出ないから朝日なんて見たのは久しぶりだ」
「いつもなら寝てますからね。俺達も」
「楽しかったし、こういうのもいいよね」
「ごくたまにだったらな」
 そう言いながら4人は朝日をしばらく眺めていた。
「明日人君。今日はどうするんだ? さすがに疲れたろう」
「あ、う~ん。そういえばこのまま行ってもいいですね。明日香は帰るんだ」
 明日香にまで神秘の気配が感染(うつ)ってもらっては困る。
「え~。私も行きたいなぁ」
「お前はお前でやることあるだろ。早めに帰るから」
「は~い。お兄ちゃん、リーナさんに変なことしないでよ」
 そう言って明日香は手を振りながら家の方向へ帰って行った。変なことされてるのは俺の方なんだがな。
「じゃあ、帰りましょうか~」
 リーナさんの肩付近には陽菜さんがふよふよと漂っている。こういうのも取り憑かれたことになるんだろうか。
「そうだ、明日人君。報酬の件だが」
 ぎくっ。やっぱり忘れてなかったか。まあ、夜中に押しかけて裸見たあげく連れ回したんだ。多少ふっかけられても文句は言えまい。
「い、いくらでしょう?」
「金は要らん。困ってないしな。そうだな。一晩君を好きにしていい、というのはどうだ?」
「何をするつもりですか?!」
「ん? ナニだが?」
「ナニって何?!」
「まあ、それは冗談だとして。海に行ってみたい。連れて行ってくれないか?」
 海か。確かに今年は一度も泳いでいない。そういうのもいいだろう。
「分かりました。水着は?」
「ん? 着なきゃ駄目か?」
「駄目!」
 まあ、普段から水着並に露出しているが。
 そういうわけで俺はリーナさんの水着選びから始まる海水浴に行くこととなった。
 ちなみに、光ん家の扉は神秘管理局が直してくれることになった。凛さんの仕事を増やしてしまったなぁ。そういえばあの人、今回名前しか出てないや。
 まあ、いいか。
とりあえずは一件落着だ。
「そういえば明日人君。夏休みはあと何日残ってるんだい?」
 朝焼けの住宅街を歩きながらリーナさんが尋ねてくる。
「え? あと一週間ですね。それがどうしたんですか?」
「いや・・・・・・。学校が始まったら君はどうするのかな、と」
 ああ、そういえば言ってなかった。リーナさんには伝えておかないと。
「そうですねぇ。学校が始まったら今までのようにはいきませんね」
「・・・・・・そう、だろうな」
 なんだ? 急にリーナさんのテンションが落ちたような・・・・・・。俺、何か変なこと言ったかな?
「どうしました?」
「・・・・・・」
 リーナさんは何かを言いたそうに俺を見て口を開けるが、結局何も言わなかった。なんだろう? 何かを怖がってるような気がする。
 でも、丁度いいから伝えておかないと。
「学校が始まったら、やっぱりそっちに行かなきゃならないので・・・・・・。すみません」
「いいんだ。分かってる。いつかこの日が来るって分かってた。覚悟はしていた」
「そう、ですか」
 なんだか俺までリーナさんに合わせてテンションが落ちて行く。
「今までありがとう。明日人君。君に会えて嬉しかった・・・・・・」
「はい・・・・・・。俺もです。リーナさん・・・・・・。って何の話をしてるんでしたっけ?」
「何って、夏休みが終わったらもうアルバイトの来れないんだろう?」
「ええ。来れません。午前中からは」
「へ?」
 驚いた表情のリーナさんが俺の方を見る。珍しいな。驚いてもだるそうな顔は変わらないのに。
「ですから、学校があるのでアルバイトに来れるのは夕方になります。それでもいいですか?」
「・・・・・・」
 リーナさんは驚いた表情のまま凍り付いている。なんだなんだ? そんなに驚くことか?
 そうか、朝と昼ご飯の心配をしているのか!
「大丈夫ですよ! 朝ご飯くらいなら前日に用意して、チンするだけにしておきますから。リーナさんの場合、朝と昼は一緒ですから、それで食べて下さいね」
「あ、ああ・・・・・・。その、明日人君・・・・・・」
「はい?」
「・・・・・・続けてくれるのかい?」
「ええ。あ、迷惑ですか?」
 俺の問いにプルプルと首を振って否定するリーナさん。
 良かった。また解雇通告されるのかと思った。
「学校行事とかで平日はちょっと不規則になりますが、土日もちゃんと来ますよ」
「分かった。それでいい」
 そう答えたリーナさんは先ほどとはうってかわって嬉しそうに微笑を浮かべている。
 うーむ。やはり可愛い。この人、意外と魔性の女かもしれん。尽くしたくなってしまう。
「もう少し早く言えば良かったですね。すみません」
「いいんだ。それよりも明日人君。今日は朝ご飯も作ってくれるんだろう?」
「え? いつも作ってるじゃないですか」
「あれは朝昼兼用になってしまっていまいち朝ご飯という感じがしない。今日は明日人君の朝ご飯がいいな」
 何が違うんだろうか。それになぜそんなに嬉しそうなんだ? こんな落ち着きの無いリーナさんは初めてだ。
「分かりました。じゃあ、今から朝ご飯にしましょう。俺も腹が減ったので」
「うん。じゃあ、今日は目玉焼きがいい」
「そんな簡単なのでいいんですか?」
 手間が掛からないからすぐ食えていいんだけどね。
「ああ。食べたこと無いんだ」
「なるほど。じゃあ、今日は目玉焼きにしますか」
「ああ。一緒に食べよう」
 そう言って笑うリーナさんを見ていたら徹夜の眠気がいつの間にかどこかへ行ってしまった。
 どうやら俺は尽くすタイプの人間らしい。まあ、この人ならいいけどね。




 皆は「7」という数字から何を連想する?
 色々あると思うが、まず思い浮かぶのはラッキーセブンの「7」だろうか。他にも七福神とか七大天使とか縁起のいい数字を思い浮かべるだろう。
 他にも、1週間は7日、そして曜日の数は7。これは七曜と呼ばれている。天文学的な話だと北斗七星なんかも「7」だ。
 「7」というと良いイメージの方が多い。少なくとも「4」や「13」よりは好まれている。
 だが、よく考えて欲しい。
 「7」という数字は、「死」と関連することの方が圧倒的に多いのだ。
 よく聞くのが初七日(しょなのか)。これは死者の命日から七日目のことだ。別名「初願忌」という。他にも二七日(ふたなのか)、三七日(みなのか)等、なぜか「7」のついた数字が死者に関連する日数になっている。そして、仏教では中陰と言う単語がある。これは死んでから49日目のこと。そう、四十九日(しじゅうくにち)のことだ。そして、49は7×7だ。
 これは日本の仏教だけの話では無い。キリスト教では七つの大罪というものがある。やはり7だ。ヨハネの黙示録には7人の御使いが7つの災いを起こすとされている。これも「7」。
 「7」とは古来より特別な数字なのだ。
 そして、「7」は「しち」と読める。「しち」、すなわち「死値(しち)」。死の値。
 「7」は死の数字。「7」は死者の数字。
 これから話す話も「7」が密接に関わってくる。
 それでは、「7」にまつわる不思議な話をしよう。


第3話 七人ミサキ


 白い雲、青い空、目の前に広がるのはディープブルーの太平洋。
 海である。海水浴場である。
「ようやく着きましたね」
「ええ。それに天気も良くて良かったです」
 俺の隣にいる半袖Yシャツ姿の稟さんが応える。
「天気がいいのはいいんだが、日差しが強いな。私は太陽に長時間当たると体調が悪くなるんだ」
「どこの吸血鬼だ! リーナさん、たまには外に出て日光に浴びないと」
「化け物の汁や血は浴びたことあるんだがな。ああ、そういえば○液は浴びたことがないな」
「なんでもかんでも突っ込むと思うなよ!」
「あらあら~。海ですかぁ。うわぁ! 死んでから初めて見ました!」
 日光の下でも元気な幽霊もいるんだがな。
「お兄ちゃん、早く着替えよ!」
「そうですそうです! ささ、お兄様、お召し変えならば私が手伝います!」
「断る! お前は便所ででも着替えてろ!」
「え? 公衆便所? そんな・・・・・・。お兄様ってばそんなプレイが好きだったんですね・・・・・・」
「公衆便所でプレイって何だ! お前は少し口を閉じろ!」
「飲ませてくれたら閉じます。ちゃんとごっくんしますよ?」
「帰れ!」
 なんでこの2人までいるんだろうな。車の中でもすげー厄介だった。
 まあ、明日香ははしゃいでうるさいだけだったんだが、こっちのガチホモはまじでうざい。
 なんとかしてくんないかなほんと。



 さて、お気づきだとは思うが、俺はリーナさん、凛さん、リーナさんに取り憑いた幽霊の陽菜さん、妹の明日香、その友人の光と共に水城市の海に来ている。
 3日前に光のひとりかくれんぼ騒ぎがあった時にリーナさんにおねだりされたのが海に行くことだった。
 リーナさんだけを連れて行けば良いのかと思っていたのだが、せっかくだから皆で行こうという話になった。
 凛さんの話では、俺には神秘の気配が伝染(うつ)ってしまっているが、魔術や神秘を持った人間ではないため、俺から伝染(うつ)ることは無いという。
 加えて、たまに神秘を持った人間と会う程度であれば伝染(うつ)らないという話だ。ということは、明日香や光なんかに神秘の気配が伝染(うつ)る心配は無いということだ。
 そういうこともあり、皆で海に行くことになった。
 俺達が住んでいる宇宮市は内陸部にあるため、海が無い。一番近い海が車で2時間のここ、水城海水浴場だったわけだ。
 水城市は隣の県にあり、しかもここと宇宮市は神秘管理局・北関東支部だかなんだかの管轄らしい。で、そこに所属する凛さんは何度も往復したことがあるとのことだったため、車の運転をお願いしたわけだ。
 凛さんはこの間ようやく大きな事件が一段落したので休暇を貰ったらしい。つい最近水城市で頻発した放火事件と勝畑駅で起きたビルの倒壊事件は凛さんも無関係では無かったという話だ。
 まあ、一段落したということは神秘管理局がなんとかしたのだろう。あの組織は謎だらけだが実力者揃いのようだ。
 まあ、そんな感じで休暇を貰った凛さんの車にギュウギュウ詰めの状態で乗り、ここまで連れてきて貰ったということだ。
 俺と明日香と光は夏休み終了直前だが、宿題は既に終わっている。夏休み最終日に慌てるような愚は犯さない。
「海の家で更衣室を借りましょう」
「そうだな。せっかく明日人君がハァハァしながら選んでくれた水着だ。着なければお仕置きされる」
「ハァハァはしてねーだろ! しかもお仕置きってなんだ! そんな予定は入っていない!」
「では放置プレイか。まあ、じれったいのも嫌いじゃない」
「なんの話だー!」
 なんとかして欲しい。しかも今日は光も加わって下ネタ率が2倍どころか2乗になっている。まだ午前中なのに疲れてきた。
 俺達はボケと突っ込みをしつつ、海の家に向かい、更衣室で着替えを済ませた。ちなみに光は女子更衣室に入って行った。なんでも、学校でもそうらしい。
 どうも女として扱われているようだ。不思議な奴だ。
 さすがに男の俺の着替えは早い。すぐに終わって荷物を持って外に出る。
 女性陣(一部男性)はまだのようだ。誰が最初に出てくるかな。
「お待たせしました! お兄様!」
 どうやら一番に終わったのはこいつだったようだ。がっかりした。
「お兄様ぁ。どうですか? この水着」
「さて、どこから突っ込もうかな」
「やん! 突っ込むだなんてお兄様ったらぁ・・・・・・。積極的ぃ!」
 無視するのが一番のようだった。こいつの格好と共に。
 よりにもよって男のこいつは布面積が極端に少ない水着を持ってきたらしい。マイクロビキニというやつだ。やはりぺったんこ(というかここは男そのもの)の乳首だけを隠したその水着は、もはや気色悪さを増強させる兵器でしか無かった。バイオオーガニックウェポン、略してB・O・Wだ。バイオハザードの産物だよ。
 パレオで隠れている股間が気になるところだが、見ても何も得るものは無い。無視しよう。
「光ったらそんな水着持ってきたの? 私学校指定の持ってきちゃった・・・・・・」
 続いて妹の明日香が出てきた。うん。こっちもこっちで問題大有りだ。なんで海水浴にまで来てスクール水着なんだ? 中学生とは言え、今どきの女の子はこんなの着ないぞ。
 つーか、水着買ってたよな?
「これ? 実は買った水着と色が一緒で間違えちゃったの・・・・・・」
 なるほど。謎は全て解けた。どうでもいい謎が。というか馬鹿だ。
「なんだか少しきつくなったような気がします。太ったのでしょうか・・・・・・」
 明日香に続いて出て来たのは眼鏡を外した凛さんだった。
 これだよこれ。癒しってこういうのを言うんだよなぁ。
 凛さんの水着は至って普通のワンピースタイプだ。色が白いあたりが凛さんらしい。
しかも、リーナさんほどの凹凸は無い体だが、十分モデルとしてやっていける程のプロポーションだ。太っているなんてとんでもない。むしろ、痩せたら駄目だと思います。
「明日人君、どうかな? 君に視姦されるのを覚悟で買った水着だ」
「アンタはどうあっても俺を変態にしたいみたいだな!」
 最後に突っ込みどころ満載の台詞と共に出てきたのは俺のご主人様、リーナさんだった。
 リーナさんの水着は黒いビキニタイプだ。シンプルだが、リーナさんにはこういう黒くてシンプルな物が似合うと思う。
 何を隠そう、この水着を選んだのは俺だったりする。別に他意は無い。リーナさんが面倒だから選んでくれと言われたので、似合いそうな物を選んだだけだ。ただ、ビキニタイプにしたのは・・・・・・その・・・・・・リーナさんのおバストが日本人の規格をぶっちぎりで超えていたため、上下別々にしてサイズを選ぶ必要があったからだ。というか、この水着以外でリーナさんのサイズに合う水着は黄色いファンキーな色の物しか無かったのでこちらになった。
 まあ、選ぶというよりは着られる物を代わりに買っただけだ。だから俺は変態じゃない。うん。だが、リーナさんにはそれでもサイズが小さいのか、かなり肌の露出がある。実は変態と言われても反論は出来ないのではないだろうか・・・・・・。
 ともあれ、これで全員が水着だ。幽霊の陽菜さんは制服姿のままでリーナさんと一緒に出てきた。
 まあ、仕方がないだろうな。幽霊という存在は死亡時の服装を再現するらしい。なので、陽菜さんは制服姿のままというわけだ。
「わぁ! みなさん可愛い水着ですねぇ! では、私も!」
 ・・・・・・え?
「どうですか? リーナさんと一緒に水着買いに行った時に可愛いのがあったので再現してみました!」
 着替えてるし! なんなんだこの幽霊!
 いつの間にか制服は消え、白いタンキニタイプの水着になっている。
 もうなんでもありだな・・・・・・。
「素晴らしい。最高の被写体だ。ぜひ撮らせて頂きたい」
 突然、背後から渋い男性の声が聞こえてきた。振り返ると、白いパーカーを着た長髪の男性がビデオカメラ(パナソニック製)を片手にこちらを見ている。
「あ、あの・・・・・・」
「素晴らしい。実にいい。ああ、そこの黒水着のお嬢さん、こちらを向いてくれないか」
「ん?」
 リーナさんは相変わらずぼんやりした表情で男性の方を向く。
「ちょ、ちょっと! 勝手に撮らないで下さい!」
「別に構わんよ。減るものでもないしな」
 少しはこういうのに抵抗を持って欲しい。
「うむ。素晴らしいボディラインだ! その上適度に筋肉がついて引き締まっている! 実に素晴しい! おお! こちらのお嬢さんも素晴しい!」
 そう言うと男性は女性陣(一部男性)ひたすら褒めながらビデオに収めていった。なんだろう、リーナさん以外も恥じらいながらもノリノリだ。光なんぞはポーズまで取っている。
いいのか? まあ、男性の方はあまりいやらしい感じがしないし、みんな抵抗してないからいいか。ほっとこう。
「いや、素晴らしい物を撮らせて貰った。今日は実にいい日だ。ありがとう。女神の諸君」
 ひとしきり撮って満足したのか、男性は去って行った。なんだったんだ? どこかの雑誌のカメラマンか? ・・・・・・まあいいや。
「なんだったんだろうね? あの人」
「さあな・・・・・・。夏だからいろんな人間が来るんだろうな」
気にしていても仕方がない。
「そうだね。じゃあ、お兄ちゃん、泳いでくるから荷物お願いね!」
 そう言うと明日香と光は海へ駈け出して行った。
「私達も泳ぎましょうか」
「そうだな」
 リーナさんと凛さんも後に続く。
 ぽつんと取り残された俺は全員の荷物を持って空いてるスペースを探すとそこへパラソルを立ててひたすら海ではしゃぐ女性陣(一部男性)を小一時間程眺めていた。
 しばらくぼけーっと見ていた俺だったが、遊び終えた凛さんとリーナさんが戻ってきた。明日香と光はまだ泳いでいる。若い子は元気だねぇ。
「明日人君、泳いできたらどうですか? 荷物なら私が見てます」
「いいんですか?」
「ええ。車を運転して少し疲れたので」
「では、お言葉に甘えて。リーナさんも休憩ですか?」
「いや。君を誘いに来た。君と海中で変な顔対決をしたい」
「その対決になんの意味がある! 全然可愛くない台詞を可愛く恥じらいながら言うな!」
 普通に誘えないのかこの人は。
 まあ、でも見てるだけなのもつまらないので俺も泳ぐとしよう。
「じゃあ、凛さん、お言葉に甘えて遊んできます」
「はい。行ってらっしゃい」
「凛。飲み物ならクーラーボックスに入ってる。好きに飲め」
「ありがとうございます」
「さあ、行くぞ。明日人君。変顔王者は私のものだ」
「そんな勝負はしねー!」
 俺はその後、本当に海水の中に潜水しながら変顔対決をするはめになった。
 そのうち明日香と光も混じってバトルロワイヤルになったが、なぜか勝った。ちなみに判定は陽菜さんだ。
 腑に落ちん。



 お昼も過ぎていい感じに疲労感を覚えて戻ってきた俺達を驚愕の事実が待っていた。
「あ~。おかえりなさーい」
「・・・・・・」
「なんだ凛。酔ってるな」
「えー? 酔ってないですよー? ぜんぜーん!」
 子供っぽくはしゃいでいる凛さんが待っていた。
 飲んだな。間違い無い。
「つーかリーナさん! クーラーボックスの中身は全部ビールじゃないですか!」
「ん? そうだったのか。私はてっきりボルビックかと思った」
「水とビールを混同してんじゃねえ! どこのアメリカ人だよ!」
「明日人くんおこっちゃやー」
 突っ込む俺に目をうるうるさせた凛さんが見つめてくる。
「ぐ・・・・・・」
 むちゃくちゃ可愛いぞ。やべー。この人いろんな意味で危険だ。1人にはしておけない。
 だが、どうする。運転手が飲んでしまったのでは帰りに運転出来る人がいない。
 あ、でもそういえばリーナさんは免許持ってるのか?
「一応言っておくが、免許は持っていないぞ。運転も出来ん」
 やっぱりか。
「お兄様。ここはもう泊まっていくしかないのでは?」
「そうだねぇ。夏休みは明日までだし」
 それしかないか。
「仕方ない。今日は早めに切り上げて宿探しだな。この時期は泊めてくれるところを探すだけで大変だ」
「よし、ならさっそく着替えるとしよう」
「ここで着替えるな!」
 少しは羞恥心を持って欲しい。
 その後、酔ってきゃぴきゃぴになった凛さんをリーナさんに任せ、俺達は宿探しに向かうこととなった。



 さすがにこの稼ぎ時になかなか大所帯で泊まれるような場所は見つからなかった。
 しかし、一時間程探して見つけた旅館では、団体さんがキャンセルになって大部屋が1つだけ空いてるという。
「うむ。ここにしよう。奇麗だし、問題は無い」
「い、いや、でも、大部屋1つだけなんですよね? 俺は・・・・・・」
「お兄様ったらぁ。別に同じ部屋でいいじゃないですか」
「お前の存在が危険なんだよ! 俺にとって!」
「別に私は構わないぞ。普段から君が居ても寝ているしな。凛はどうせ覚えていないだろう」
「私も別にいいかな。お兄ちゃんだし」
「私は幽霊なのでどこでも大丈夫ですよー」
 元よりあまり気にしてないが。
「・・・・・・仕方ないか」
 野宿よりは全然ましだ。俺達は受付を済ませてぞろぞろと部屋へと移動する。
「うわぁ。いい眺め!」
 明日香が部屋に入った途端、窓に駆け寄り、目の前に広がる大海原に視線を奪われる。
 部屋は十畳程の和室で、窓からは太平洋が見える素晴らしい絶景の部屋だった。
 こんないい部屋に泊まれるとは。凛さんに感謝だな。
 今はリーナさんの背中でぐっすりおねんね中なので、後でお礼を言っておこう。
「皆さんはご家族なんですか?」
 と、ここで俺達を部屋まで案内してくれた旅館の女将さんから質問が来る。
 年の頃は30代前半だろうか。和服姿で品のある女性だ。
 しかし、なんて答えよう。違うというと倫理的に問題だから家族と言っておいた方がいいのだろうか。
「家族だ。私が長女。背中で寝ているのが次女。そこの男の子は弟だ。窓際の2人は三女と四女だ」
 迷っている間にリーナさんが誤魔化してくれた。信じるのか? 全然似ていない兄弟姉妹だぞ?
「あらあらまあまあ。ご兄妹だけで旅行ですか?」
 信じたし。
「ああ。親は海外で仕事しているので滅多に帰って来ない」
 それは俺ん家だ。まあいいか。
「そうなんですかぁ。色々と大変なんですねぇ。あ、そうそう。大変って言えば、皆さん
気を付けて下さいね。この辺は毎年水難事故がありますので」
「ほう。多いのか?」
「ええ・・・・・・。大概は旅行者なんですが。多分、地元の人間じゃないので、危険な所だと知らずに泳ぎに行ってしまうのが原因ではないかと。皆さんも泳ぐならそこの海水浴場にして下さいね。危険な所は以外とありますから」
 なるほど。確かに地元の人間ならば地理に詳しく、どこが危険でどこが安全かは知り尽くしている。おそらく、海流が激しいポイントだったり、波が強くなる場所だったりが何か所かあるのだろう。だが、旅行者はそんなことは知らない。知らずに遊びに行った結果、名前が変わるわけだ。
 〝どざえもん〟と。
「毎年誰か死んでるんですか?」
 妹が不安そうな顔で女将に尋ねる。
「ええ。観光地で人がたくさん来ますから。たくさん来るとそれだけ事故に巻き込まれる可能性が高くなるので・・・・・・。まあ、人があまり居ないところで遊ばなければ安全ですよ。ライフセーバーもいますから」
 そう言うと女将は全員にお茶を淹れて立ち上がり、退室しようとした。
「ああ、そうそう。この辺りは危険な所も多いので暗くなってからはあまり出歩かない方がいいですよ。特にこの道路の先にある岬には」
 それだけ言うと女将は部屋を出て行った。
 なんだろう。最後の言葉は引っ掛かる。そこの岬だけ特に危ないということだろうか。夜の海岸が危ないのはどこも同じじゃないのか? なぜそこだけ?
「リーナさん・・・・・・」
「ん? どうかしたのかい?」
「・・・・・・いえ、なんでもないです」
「・・・・・・」
 とりあえず気にしない方がいいか。風呂にでも行こう。



 夕暮れの海を眺めながら露天風呂に浸かる。なんという贅沢。
 欲を言えば、日本海側ならば沈んでいく夕日も見れたのだが、まあ仕方ない。
 これはこれでいい眺めだ。
「おや。お若いお客さんですね」
 と、海を眺めていた俺に声を掛けてくる男性がいた。
 年の頃は20代後半か30代前半、少し癖のある髪の毛と愛嬌のある顔立ちのおっさんだ。
「いや~、旅館なんていうとジジババしかいないと思っていましたが、若い男性もいるんですねぇ。今日は旅行ですか?」
「はぁ・・・・・・。まぁ・・・・・・」
 おっさんは嬉しそうに俺の隣に腰かけると、べらべらと喋り始めた。
「実は私雑誌の記者でしてね、この辺りの伝説というか、怪談話の取材に来たんですよ。で、最近の若い人ってこういうの好きじゃないですか。そう、都市伝説! そういった話を若い人に聞いて回ろうかと思ってたんですがね、いや、旅館には若い人が全然いなくて。こりゃ諦めて温泉にでも入って明日取材をしようかと思ってたところでして。いやいや、こんなところで若い人に会えるのはなんて嬉しい偶然ですよ!」
 よく喋る人だ。よほど話相手が欲しかったんだろうな。
 普段ならこんなお喋りなおっさんは無視するのだが、雑誌記者で都市伝説を取材しているとなると話は別だ。
 リーナさんに関わった影響なのか、俺自身もこういった超常の類に興味を持つようになってしまった。
 何か役に立つかもしれないので、聞いてみることにしよう。
「あの、都市伝説ってなんですか?」
「お? おお?! 興味あります?」
 目をキラキラさせてこちらを見てくるおっさん。
「ええ。どんな話か興味あります。聞かせて下さい」
「そうですかそうですか! 本当は記事にするまでこういった話をするのはタブーなんですが、感想を聞かせてくれるのであれば喜んでお話しましょう! あ、申し送れましたが私、小宮山と申します。宜しく!」
 そう言っておっさん、小宮山さんは右手を差し出してくる。
「あ、霧生と申します」
 俺は名乗りながら小宮山さんと握手をし、彼の横に座る。
「ではでは。さっそくですが霧生君、君は七人ミサキの話は知ってますか?」
 なんだそれは。知らん。そうえいば七人のナ○とかいうアイドルグループなら昔居たな。
「いえ、知りません」
「七人ミサキというのはですね。常に七人の集団で彷徨っている幽霊のグループなんです」
「幽霊の?」
「ええ。珍しいでしょう? 集団行動する幽霊なんて」
 確かに聞いたことはない。だが、陽菜さんの例があるので案外なんでも有りのような気はする。
「じゃあ、成仏する時も一緒に成仏するんですか?」
 そう言うと小宮山さんは待ってましたというような嬉しそうな顔をして首を横に振る。
「いえいえ。七人ミサキの成仏の仕方は全員一緒じゃないんです。1人ずつなんです」
「そうなんですか?」
「ええ。七人ミサキは成仏するために彷徨っているのですが、成仏出来るのは年功序列と決まっています。つまり、一番年上・・・・・・というか一番長く成仏していない霊が成仏します」
 なるほど。そうなると7人全員が成仏すれば万事解決・・・・・・ってあれ?
「じゃあ、一人成仏したら〝六人ミサキ〟になるんですか?」
「いえいえ。七人ミサキは七人いるから七人ミサキなんです」
「・・・・・・? じゃあ、1人減ったらどうするんです?」
 途端に小宮山さんは怖い顔をしながら俺に顔を近づけてくる。おっさん、近いよ。嬉しくないよ。
「1人減ったら・・・・・・1人増えるんです」
「え?」
「つまりですね、七人ミサキは1人が成仏すると、必ず1人補充されるんです。というよりは、逆です。七人ミサキが取り殺した人間が新しい七人ミサキになり、古い方はそれでようやく成仏出来るんです。そうやって永遠に七人で七人ミサキとして彷徨っているんです」
 なるほど・・・・・・。確かにそれなら常に七人だ。どこぞかのアイドルグループみたいだな。
「とまぁ、ここまでが話の前振りです」
 振りかよ! なげーよ! しかも本編並みにこえーよ!
「その七人ミサキの伝説がこの辺に残ってるんですよ」
「へぇ。そうなんですか?」
「ええ。まあ、伝説というよりも昔話ですかね。興味あります」
 俺は首を縦振る。
 小宮山さんは嬉しそうに咳払いを軽くすると語ってくれた。
 この地に伝わる七人ミサキの伝説を。



 昔々、この地には金政(かねまさ)という大金持ちの商人一家がいた。
 金政の金持ち振りは並大抵では無く、その財を活かして金貸しをしていた。この地を治めるご領主様ですら金政に金を借りていたため、頭が上がらず、この地の事実上の権力者となっていたそうな。
 しかし、この金政の金貸しは非常に高利だった。今で言う所の年利30%という非常に高い金利で金を貸し、返さない人間は金で雇った浪人やゴロツキ、果ては領主に密告して厳しい取立てを行っていた。
 そういった行いもあり、この地では金政の評判はすこぶる悪かった。だが、金政を悪く言えばひどい報復が待っているため、誰も何も言えなかった。
 しかし、その悪行も長くは続かなかった。日に日に金政に対して恨みを募らせた村人は、金政に対して復讐を計画する。
 ある日、村人達は日頃のお礼をしたいと金政を宴の席に呼び出す。金政の一家7人(現当主とその妻、長男とその妻、次男、長女と長男夫婦の子供)を景色がいいことで有名な岬に呼び出し、酒と肉、村の若い娘達を用意し、どんちゃん騒ぎを行なった。
 酒も入り、いい気分になった一家だったが、最後に見せたいものがあるので岬の先端に行って欲しいと願い出た。
 金政一家は何の疑いもせず岬の先端に行き、夕暮れの海を眺めた。だが、その瞬間、轟音と共に立っていた岬の先端が崩れ、一家は全員海に落ちて行ってしまった。
 実は岬の先端には領主が用意した発破(昔の爆弾のこと)が仕掛けてあり、それを爆発させたのだった。実は領主もほとほと金政の悪行に困り果て、しかも領主にも厳しい取立てを行っていたため、金政を皆殺しにする計画に加担していたのだ。
 計画は成功し、金政一家は海の藻屑と消えた。
 村人達も領主も大喜び。その後、村は平和な村となった。
 そうなるはずだった。
 次の年の夏、村人の1人が金政一家を目撃したと騒ぎ立てた。
 村人達はそんなはずは無い、何かの気のせいだとその村人を諭した。だが、翌日、その村人が行方不明になってしまった。
 村人は怖い思いをしたので逃げ出したのだろうと勝手に思った。
 だが、次の年またしても金政を見たという村人が現れる。もう一度目撃した場所である例の岬に行くが、帰ってくることは無かった。
 そして次の年も、また次の年も金政の目撃証言が絶えることは無かった。そして、金政を見た人間は確実に死んでいるのだ。
 そこで村人達はようやく気づいた。金政一家が目撃されるのは、金政一家が村人達に殺された7月7日の七夕の日であることに。
 これは間違いなく金政一家の祟りだ。
 事態を重く見た村人達は領主に相談。領主は気のせいだといい対策を練ることは無かった。だが、その年の7月7日、今度は領主自身が金政一家の亡霊を目撃してしまった。見た亡霊は7人。だが、真に恐ろしいのはその亡霊の顔ぶれだった。金政一家は次男と長女、そして長男夫婦の1人息子がいただけで、その他4人は行方不明になっている村人だったのだ。
 金政の祟りをようやく信じた領主は自分があの仲間になることを恐れ、慰霊碑を立て、供養を行った。
 それ以来、その7人の亡霊は現れなくなったという。




「というのが、この地に伝わる金政一家の〝七人ミサキ〟の話です」
 面白い話だった。だが1つ気になる所がある。その金政一家が死んだ岬というのは何処にあるんだろうか。
「舞台となった岬ならすぐそこの道路を登って行くとありますよ。慰霊碑もちゃんとありました」
 先ほど女将さんが行くなと言った岬のことだろうか。
「その話を記事にするんですか?」
「ええ。これもしますよ。ですが、もう1つ興味深いことがあるんです」
「なんですか?」
「私、ここ最近この辺りで起きている水難事故を調べていたんです。そしたらですね、気づいちゃったんですよ」
「?」
 小宮山さんがもったいぶりながらその事実を教えてくれた。
「7年前の8月4日にですね、その岬で7人の一家全員がその岬から転落して亡くなったんです」
「え?」
 そんなことがあったのか?
「当時はニュースで結構騒いでましたよ。ご存知ないですか?」
 俺は首を横に振る。
「まあ、それだけなら悲しい事故・・・・・・で終わります。ですが翌年の8月22日、この付近で観光客が行方不明になってるんです」
 おいおい、まさか。
「さらに翌年の8月11日、またしても観光客が行方不明になってるんです。そしてさらに翌年の7月31日にも行方不明者が出ているんです。どうです?」
「でも、この辺は海辺ですし、海難事故だったら毎年あるって聞いてますよ? 偶然じゃぁ・・・・・・」
「ふっふっふ。そう思うでしょう。じゃあ、私がさっき行った行方不明者が出た日付、覚えてます?」
「い、いえ。全く」
「私は覚えてます。暗記してますよぉ。なんてったって、一家7人が亡くなったのも行方不明者が出ているのも旧暦で換算すると7月7日なんです」
 なんだって?
「おかしいとは思いませんか? 行方不明なんです。海難事故だったらほとんどの場合水死体で見つかります。ですが、この旧暦7月7日は失踪が起きてるんです。一昨年も去年も調べてみましたが、やはり出ています。旧暦7月7日に失踪者が」
 旧暦7月7日。これはあの岬で金政一家が殺された日。そして、伝説の中では金政一家を目撃する日でもあり、行方不明者が出る日でもある。
 領主だけは助かったようだが。
 ここまでくると偶然の一致とは思えない。リーナさんに報告するべきだろうか。
「霧生君、さらに面白いことがあるんですよ」
「な、なんですか?」
 小宮山さんは再び怖い顔を近づけてくる。近いって。
「7年前には一家7人が亡くなり、翌年からは失踪者が出始めた・・・・・・。つまり、これまでに失踪者は6人です。ということは・・・・・・今年は記念すべき7人目・・・・・・。何か起きそうじゃないですか?」
 起きて欲しくねーよ。何期待してんだおっさん。
「しかもですね、今日って何日か知ってます?」
「8月16日・・・・・・ですよね? ・・・・・・って、まさか」
「そのまさかです。今日は旧暦換算すると7月7日なんですよ。だからこうして取材に来てるんです」
 おいおい・・・・・・。なんかお膳立てされているような気がするぞ。これは・・・・・・リーナさんのお仕事になるんじゃないのか?
「というわけで、今日は徹夜でこの辺一体ぶらつこうかと思います。まあ、一番怪しいのは例の岬ですかね。まずはそこに行ってみようかと」
「そうですか。気を付けて下さいね」
「大丈夫です! 記事にするまでは死ねませんよ。あ、どうでしたか? この話」
「興味深い話ですね」
「そうでしょうそうでしょう! 君のような若い人が興味を持ってくれたなら自信を持って記事を書けますよ!」
 あっはっはと笑いながら小宮山さんは風呂から上がって行った。
 露天風呂に入っているにも関わらず、俺は妙な悪寒を感じた。




 露天風呂から上がると、ロビーで丁度リーナさんがコーヒー牛乳を飲んでいた。
 良かった。ちゃんと服着てる。
「やあ、明日人君。女湯はどうだった?」
「俺は男湯に入りましたよ?」
「いやいや、そうでは無くて。覗いたんだろう?」
「覗くか! デフォルトで俺を変質者扱いするんじゃねぇ!」
「なんだ。私は君が覗いてると思って興奮しながら入っていたんだが」
「なんで興奮するんだ! 意味わかんねー!」
 あんまり人がいないことをいいことに俺はリーナさんに突っ込む。
「明日香と光は上がったんですか?」
「大分前に上がったよ。私は長風呂だからな。そう言えば君も結構長風呂なんだな」
「・・・・・・ええ、まあ」
 本当は小宮山さんの話を聞いていて長くなったんだが、リーナさんに相談しようかどうか迷ってしまう。
 雑誌記者が気付くくらいだから神秘管理局はとっくに気付いてるんじゃないのか? もしかしたら去年のうちに対策をしたのかもしれない。
 だとしたら今年は何も起きないはずだ。
 だが、それを確認したくてもリーナさんは復帰したばかりだし、凛さんは酔い潰れて寝ている。
 そして、もし神秘管理局も気付いていないとしたら・・・・・・。
 旧暦7月7日の今日、また1人失踪者が出てしまう。下手するとさっきの小宮山さんがめでたく7人目になりそうだ。
 俺には関係無いけれど、やっぱり何かが起きてからでは遅い。リーナさんには相談するべきだろう。
「リーナさん、あの・・・・・・」
「七人ミサキのことかい?」
 びっくりした。なんで知ってるんだ?
「ど、どうして・・・・・・」
「いや、君が風呂場で歌ったり恥ずかしいことを言ったりしないか気になって聞き耳を立てていたら聞こえてきたんだ」
「動機がめちゃくちゃ気になるところですが、流します。聞いてたんですね?」
「聞いていた。神秘管理局はおそらく気付いていない。意外と失踪の場合は本人の意思なのか、神秘絡みなのか、単なる事故なのかが確認出来ないからね。放置気味になってしまうんだよ。だが、気になる話ではある。凛に代わって私が見に行こう」
 助かった。物凄く心強い。
「では、君にお仕事だ。そうだな・・・・・・そこの空いている部屋でいいか。そこで待っててくれ」
「はぁ・・・・・・。分かりました」
 俺がそう言うとリーナさんは廊下の奥へ消えて行った。
 俺は客がまだ来ていない空き部屋の電気を点けてリーナさんを待つ。
 5分ほどしてリーナさんがやってきた。
 何やら両手には筆やらインクボトルやら紙やらを持っている。
「明日人君・・・・・・、乱暴にしてくれて構わない・・・・・・」
「は?」
 リーナさんはそれらを畳の上に置くと、浴衣の帯を外し始める。
「え? え? えぇ!?」
 するすると浴衣の帯が外れ、畳の上に落ちて行く。
 そして、リーナさんはおもむろに浴衣を脱ぐ。
「ちょ、ちょっと! リーナさん!」
 上半身がはだけたリーナさんが目の前にいる。浴衣を胸で押えているため、肝心なところは見えないが、もはやその格好の方がエロい。
 なんだこれは。何が起きている。どういうつもりなんだこの人は。
「明日人君。あんまり優しくされるとくすぐったいから乱暴に描いてくれ」
「は? え、えと」
「胸にこの魔法陣を描いて欲しいんだ。凛が寝てるから君に代わりに描いて欲しい。このインクでね」
 そう言って畳に置いた紙1枚とインクボトルと筆をこちらに差し出す。
 なんだそういうことか。早く言ってくれ・・・・・・。妙に疲れるじゃないか。
「分かりました。でも、うまく描けるかどうか・・・・・・」
「大事なのは円と文字の配列だ。よほど崩れなければ機能する」
 俺は渡された紙を見る。髪には二重の円と五芒星、そして二重の円の間にはなんらかの文字が書いてある。
「これ、描く順番とかあります?」
「いや、最終的に描かれた図形に私が魔力を通して機能させる。だからどんな順番で描いても構わないよ」
「分かりました。じゃあ、行きます」
 俺はインクボトルの蓋を開けて筆を突っ込み、筆にインクを垂らす。まるで血のように赤いインクが滴る。
 俺はその図形を見ながらリーナさんの首の下に筆を押しつける。
「ん・・・・・・!」
「あ、すいません・・・・・・」
「い、いや、大丈夫だ。続けてくれ」
 なんか呼吸が荒いが、大丈夫なんだろうか。でも、続けろと言ってるんだから続けるしかないか。しかし、なんだか物凄いことやってるんじゃないか? 俺。
 筆を押しつけ、まずは二重の円からリーナさんの胸元に描いていく。
「ん・・・・・・。んんん! あっ・・・・・・はぁん・・・・・・!」
 なんか変な声が出てるが、気にしないことにしよう。うん。
「んんんん! そ、そこ・・・・・・! あ・・・・・・ああっ! んんんんんんん! あっ! ああ!」
 なんかわざと声を出しているような気がしないでもないが。気にしないことにしよう。うん。
 とりあえず円と五芒星は描き終わったので、続いて文字に移る。
「うひゅ! うひゅひゅひゅひゅ! くしししししし!」
 途端に変な笑い声を上げるリーナさん。
「リーナさん。動かないで下さい。文字書けないです」
「す、すまない。あまりにも気持ちいい・・・・・・じゃなくて、くすぐったくてね」
 まあ、それはそうだろうな。
「いつもは凛さんに頼むんですか?」
「この間は凛に頼んだ」
「ああ、口裂け女の時の・・・・・・」
「そうだ。だがそれ以前は・・・・・・セシリアが描いてくれていた」
 ピタリと俺の筆が止まる。触れちゃいけないことに触れてしまった。
「・・・・・・すみません」
「謝る必要はないさ。昔のことだ」
「・・・・・・」
 それでも聞いてはいけないことだった。俺は口を挟まず、作業に没頭する。
「これで、どうですか?」
 リーナさんが自分の胸元を見て満足そうに頷く。
「うん。OKだよ。ありがとう」
 首のすぐ下に描いた歪な魔方陣を部屋にあった鏡で見ながらリーナさんは満足そうに笑い、はだけた浴衣を着直して帯を締める。
「さて、とりあえずご飯にしよう。行動を起こすのはもう少し後だ」
「はい」
 その後は豪華な夕食を食べ、部屋に戻って光のセクハラを迎撃しつつ、トランプをしたり怖い話をしたりして過ごした。
 凛さんは相変わらずぐっすりで、陽菜さんは先ほどから姿が見えない。
 なんでも、怖い話は苦手なんだとか。幽霊なのに。



 明日香と光が寝静まった午前12時。俺とリーナさんは行動を開始する。
 部屋に常備してあった非常用の懐中電灯を拝借し、忍び足で外に出る。
 外はまだ少し暑い。今夜は熱帯夜だ。
「さて、まずは例の岬に行ってみるとしようか」
「はい」
 確か旅館の女将の話だと、この道をずっと山の方へ上って行くと岬に出れるとか。
 俺は懐中電灯を照らしながらリーナさんと2人で歩く。
「夜道って怖いですよね・・・・・・。幽霊とか出そうで」
「陽菜さん、まずは自分の存在を認識するところから始めましょう」
 2人では無く、人間2人と幽霊1人だった。というかこの人、今までどうしてたんだろうか。
「私の姿って結構普通の人にも見えちゃうので、隠れてたんです。でないと旅館の料金が一人分増えちゃうので」
 なるほど。それで出てきたり消えたりしてたわけか。そういえば食事や風呂の時は姿を消していたな。見られると騒ぎになるからか。しかし、幽霊も料金取られるのか?
「それでそれで? こんな夜中に2人でどこに行くんですか? デートですか?」
「まあ、デートだったら良かったんだが、違う。仕事のようなものだ」
「この先の岬でもしかしたら悪霊がいるかもしれないのでリーナさんに退治をお願いしたんです」
「ええ?! 悪霊!? 怖いです!」
 そう言いながらリーナさんの背中に隠れる高位霊体。同じ霊なんだから少し期待したいんだが。
「そういえばリーナさん。今回やけに〝7〟って数字が多いですが、何か関係があるんですか?」
 七人ミサキ、7人の死人、旧暦の7月7日。どう考えても偶然とは考えられない。
「ふむ。私も詳しくは知らないが、〝7〟という数字は古来よりどこの国でも特別な数字とされている。特に西洋では〝7〟は特別な数字だ。〝7〟は完全を表す数字であり、神を表す数字と言われている。それに、昔から〝7〟が重なる日は自然界の魔力がやけに活性化する日だと言われている。逆に考えると、古代の人間はそれを知っていたため、〝7〟を特別な数字にしたんじゃないかな。〝7〟がつく日だから特別なんじゃない、特別な日だから〝7〟が来るようにした」
 なるほど。逆か。7月7日だから特別なのでは無い。何かが起きる特別な日が〝7〟に重なるようにしたのか。
「地域差があるから別な暦の上ではずれるが、日本の旧暦では7月7日は七夕と言われている。つまり、何かが起きる日なんだよ。昔から。そして、その日は今日だ。七人ミサキももしかしたら、7月7日だから現れたのではなく、7月7日しか存在出来ないからこの日に現れるのかもしれない」
「あー、それでしたらそういうことはあるかもしれませんねぇ。私もこの時期になるとなんだから楽しくなってきますから」
「なんらかの影響を受けている可能性があるな。君は私達とは違って剥き出しの魂だ。周囲の霊的な変化に敏感なのかもしれない」
「そうですねぇ。あ、そういえば死者が帰ってくる〝お盆〟もこの時期ですよね。やっぱり死者が活発化する要因がこの時期にはあるのかもしれませんねぇ」
 そういうことか。一年の中で死者が最も活性化する日。それが、旧暦の7月7日。その要因が自然界の魔力とかいうよく分からん物なのか、別のものなのかは分からないが、ともかく今日は死者が盛大に活動しちゃう時期だということだ。
「おっと、あれかな? 例の岬は」
 リーナさんが立ち止まり、暗闇を指さす。その先には小道が続いており、さらに先はどうも開けた場所のようだ。
「・・・・・・七人岬、ですか」
「伝説にちなんでいるにしては作為的すぎるな。まあ、偶然だろう。行こう」
 そう言って一歩踏み出そうとした瞬間――
「うわああああああ!」
 岬の方から叫び声が聞こえた。
 弾かれるように俺とリーナさんが駆け出す。
 短い雑木林を付けると、そこは岩が海上にせり出した広い場所に出た。
 そこに居たのは――
「そ、そ、そんな! こんなことって・・・・・・!」
 尻もちをついている中年のおっさん、小宮山さんだった。
 そして、その視線の先には何かが居た。
 七人の――人間だ。
 どれも生気の無い顔をしており、目は虚ろ、ゾンビという単語がぴったり当てはまるような動きで小宮山さんに迫っていた。
「り、リーナさん!」
「いきなりビンゴのようだな」
 七人のゾンビは小宮山さんに向かってゆっくりと近づいて行く。
「くっ! まだだ! まだ終わらんよ!」
 だが、小宮山さんは震える足で立ち上がり、火の点いた目にカメラを当て、シャッターを切る。
「私は記者だ! この目で見た真実をカメラに収め、伝えることが使命! たとえ信じ難い現象が起きようともこの目で! このカメラで真実を暴く!」
 小宮山さんは七人ゾンビの攻撃をかわしながらシャッターを切っていく。その度にフラッシュが不気味な姿を闇に映し出す。
「俺が! ジャーナリストだ!」
 あらら。興奮して一人称まで変わってるよ。
「面白いおっさんだな。どうする? 明日人君。放っておいても大丈夫そうだが」
「いや、一応助けましょう」
「了解した」
 と言った瞬間、リーナさんの体が七人ゾンビに向かってぶっ飛んで行く。
 そして、その勢いのまま小宮山さんに掴みかかろうとしていたゾンビに飛び蹴りをぶちかます。
 リーナさんに蹴られたゾンビはそのまま地面を転がり、動かなくなった。
「7対1の輪姦か。久々に興奮する状況だな」
 リーナさんは邪魔くさそうに浴衣を払って足を出し、構える。
「あ、貴女は?」
 リーナさんに助けられた小宮山さんが茫然と尋ねた。
「通りすがりの欲求不満女さ」
 もっとかっこいい台詞を言って欲しい。
 七人ゾンビはリーナさんを障害物だと判断したらしい。リーナさんを見ながらゆっくりと近づいてくる。
 その様子を見ながらリーナさんは楽しそうに犬歯をむき出しにして笑う。怖いよ。ヒロインのする顔じゃないよ。
「七人ミサキが成仏出来るのは1人ずつだったな。だが、それじゃあ終わらないから私がイかせてやるよ。七人まとめてな」



 分かってはいたが、リーナさんは圧倒的だった。
 突如走り出したゾンビにライトクロスカウンターをお見舞いし、続いてそのまま体を回転させて左後ろ回し蹴りを後ろにいたゾンビにぶちかます。
 当然、浴衣なんかで足技なんぞを使えば中身が見えてしまう。奇麗な脚線美と引き締まったお尻が懐中電灯に照らされて眩く光る。
 ・・・・・・
「アンタまたパンツ履いてないのかーーーーーー!」
「おお。そういえば履いてないな」
「足技禁止」
「えー」
「えー、じゃない! 禁止!」
「いや、霧生君! 禁止にしては手数が減って危険だ!」
「アンタ何カメラ構えてスタンバってんだ!」
「このカメラで真実を白日の元へ晒そうかと」
「別な物を晒すことになっちまうだろうが!」
 そんなことを言ってる間に小宮山さんは戦っているリーナさん(の下半身)を激写する。つーか凄いスピードでリーナさんの動きに付いていってるし。普通にゾンビと戦えるんじゃないのか? この人。
 だがまずい。このまま放置していたらリーナさんの下半身が雑誌を通して全国に晒される。
「陽菜さん! 怖がってる場合じゃないですよ! リーナさんの下半身が全国に晒されます!」
「なんですとぉ!?」
 と、さっきまで俺の背中でプルプル震えていた幽霊少女の陽菜さんが顔を上げる。
「あの変態親父ですね! お姉様のおマ○○をただ見したあげく、雑誌に売ろうとしているのは!」
 雑誌に売る方じゃなくて載せる方なんだけどね。
「許せません!」
 途端に陽菜さんの髪の毛が伸び、小宮山さんをがんじがらめにする。本当になんでもありだな。もう突っ込まないことにしよう。
「な、なにぃ!?」
 突如予想外の攻撃を受けた小宮山さんがカメラを落とす。
 俺はすかさず走り寄ってそのカメラを拾い、中のデータを見ずに全て消去する。
「な、なんてことを! 君にはジャーナリズム魂が無いのか!」
 あるか。そんなもん。
「知り合いの痴態まで晒そうとは思いませんので」
「大丈夫だ! ちゃんと修正する!」
「載せる気満々じゃねーか!」
 などと身動きの出来ない小宮山さんと口喧嘩をしていると――
「明日人君!」
 リーナさんの切羽詰まった声が聞こえてきた。
「え?」
 振り返ると、口をあんぐりあけたゾンビ様が俺の目の前にいた。
 やば。こんなに接近されてたのか。
 これってあれだよな。このままガブリってされて血がビューって出るパターンのやつだよね。
 これはもう避けるのは無理だ。だって空けた口がもう目の前に――
「たあああああああ!」
 ――ある、と思ったら消えていた。
 どうやら陽菜さんが体当たりをして庇ってくれたらしい。
 ついでに髪の毛で絡まった小宮山さんも一緒に吹っ飛んで行ったけど。
「明日人君! 無事か?!」
 リーナさんが泣きそうな顔をしながら駆け寄ろうとする。
 だが、その背後ではゾンビがその腕を振り上げていた。
「リーナさん!」
「我が(メウス)身体は(コープス)全てを(オムニス)拒む(ネゴ)!」
 呪文を唱えた瞬間、リーナさんの胸元が光る。
 そこにゾンビの腕が炸裂する。俺は吹っ飛んで行くリーナさんを想像した。
 しかし、吹っ飛んだのはゾンビの方だった。振り下ろした腕が弾かれ、大きく後ろに仰け反る。
 そうか。さっき俺が描いた魔法陣を発動させたのか。魔術のことは分からないが多分防御系の魔術だったのだろう。
「邪魔だ!」
 リーナさんの右ストレートがゾンビの顔面に炸裂する。今度こそゾンビは吹っ飛んで行った。
「明日人君! 怪我は?!」
 リーナさんが心配そうな顔をしながらこっちに駆け寄ってくる。こんな顔初めて見たな。
 でも、あまり見たくは無い顔だ。この人には似合わない。
「大丈夫です。陽菜さんが助けてくれました」
「危なかったですね~」
 陽菜さんが戻ってきたようだった。髪にはさっき体当たりしたゾンビと小宮山さんが絡まったまま引きずられているが、気にしないようにしよう。
「リーナさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。君に描いて貰った魔法陣のおかげでね。どうだい? 君と私の合作おっぱいシールドは。硬いだろう?」
「その名前は変えて下さい」
「じゃあ、パイオツバリアー」
「もっとダメ! あと、合作って言うな! なんか俺が変態みたいじゃん!」
 こんな状況でも変わらないな、この人は。
「そうだ。今度君に電撃系の魔法陣を乳首に描いて貰おう。ダブルチクビサンダーとかはどうだい?」
「絶対描かねーぞ!」
「大丈夫だ。私の乳輪は人よりでか」
「言わせねー!」
「お姉様お姉様! なんなら私が描きます!」
 ハァハァと息を荒らげながら陽菜さんが迫る。というか、小宮山さんさっきから動かないぞ。
「君は肉体が無いから危険だ。誤って魔法陣に触れたら何が起きるか分らん」
「そうですかぁ・・・・・・。残念です・・・・・・」
 はい、そこ。八当たり気味に髪の毛を振り回すのは止めなさい。小宮山さんがびったんびったん跳ねてます。
「とりあえず、今ので最後ですか?」
 いつの間にやら7体いたゾンビは全員地面に転がって動かなくなっている。
 俺の問いにリーナさんは顔をしかめて――
「いや、まだだ」
 そう答えた。
「いるんだろう? もう分かっているぞ。出て来い」
 誰に言ってるんだろう? 俺達以外にここに誰かいるのか?
 と思っていたらがさりと音がした。
 いたのか。誰だ?
 音がした方向に懐中電灯を向けると、そこには和服姿の女性がいた。
「・・・・・・女将さん?」
「事情は分らんが、お前だろう? この事件の黒幕・・・・・・いや、発端か」
 なぜ女将さんが? 全く事情が分らない。
「・・・・・・なぜ、分かったのです?」
 だが、女将さんから発せられたその言葉は、肯定だった。
「風呂に入ってる時におたくの仲居に聞いてみたのさ。あの女将さんはずいぶん若いがなぜだ、とね。そうしたら教えてくれたよ。7年前の一家の事故死。あれはあそこの旅館の女将とご主人達だった、とね。突然皆死んでしまったため、若くしてあの旅館を引き継いだからその若さで女将になれた。その上でそこの自称ジャーナリストの話だ。さすがに鈍い私でも何かあったと分かる。多分、彼も気付いていたと思うぞ」
「え? じゃあ、なぜ・・・・・・?」
 小宮山さんはそのことをさっき話してくれなかったんだろう。
「おそらく、それこそが本当に記事にしたかった所なんだろうな。だから話さなかったし、泊まっていたのもあの旅館だったんだ」
「・・・・・・隠しても仕方ありませんね」
 女将さんは悲しそうに苦笑すると、顔を上げて話始めた。
「7年前・・・・・・私は・・・・・・あの7人を殺したんです。父と・・・・・・母を・・・・・・」
 それは悲しい事件の話だった。



 女将さんの話では、7年前まではあの旅館の支配人は女将さんの父親と母親だったらしい。そこに長男夫婦とその子供、そして隠居した女将さんの祖父母が居た。
 女将さんはその支配人夫婦の長女で、当時仲居として働いていたらしい。
 だが、女将さんはその夫婦の本当の子供では無かったのだ。人手欲しさに養子縁組で連れてきた孤児だった。
 そのため、女将さんに対する一家の態度は熾烈を極めた。給料など出さず、朝から晩までこき使い、ちょっとした失敗ですぐに体罰を受けた。
 だが、それでも女将さんは堪えた。他に行く所も無かったから。
 そんな堪えるしかない日が続いていたが、7年前のある日、女将さんが寝ている所に男性客が数人押しかけてきた。
 あまり話したくはないが、もうお分かりだろう。集団で女将さんを暴行したのだ。
 7年前は記録的な冷夏で海への観光客が激減した。旅館としても大打撃を受け、なんとか持ち直そうと立てた対策が、女将さんを男性客に売るという馬鹿げたものだった。
 人よりも器量が良く、若い女将さんは格好の餌食だった。
 身も心もボロボロになった女将さんはとうとう一家を恨むようになる。
 だが、何も出来ないことは分かっていた。
 絶望した女将さんは夢も希望もすがる物も無いまま数日を過ごした。
 そして8月4日、事件が起きる。
 客がいないため暇になった一家は長男夫婦の子供にせがまれて遊びに行くことになった。
 荷物持ちとして女将さんも連れていかれた。連れていかれた先があの七人岬。
 一家は記念写真を取ると言い出したので、女将さんが取ることになった。
 一家が岬の先端に集まり、海をバックに撮ろうとしたその時、足場が崩れ、全員海に転落した。
 すぐに救助を呼ぼうとした女将さんに悪魔が囁いた。このまま皆死ねば解放される。
 もう苛められることもレイプされることもなくなる。
 だが、放置することは良心が許さず、わずかに迷った末、救助を呼んだ。しかし、わずかな迷いは一家の運命を決定付けた。わずか数分の逡巡が彼らの命を奪ったのだ。
 そして、救助の甲斐虚しく、一家全員が死亡した。
 その後、戸籍上は旅館の支配人の娘であり、唯一の親族だった女将さんが旅館を引き継ぎ、支配人兼女将となったのだ。



「殺すつもりなんて・・・・・・全く無かった」
「だろうな。警察も事故死として片付けているんだろう?」
「はい・・・・・・。でも、もっと早く救助を呼んでいれば・・・・・・。あるいは数人でも助かったかもしれなかったのです。きっとあの一家は私を恨んでいます」
 泣きそうな顔で女将さんが話す。
「あの日から夢に出るんです。お前も来い、こっちへ来いって。この時期が近付くと毎晩のように見ます。きっと・・・・・・呼んでるんです。私のことを。そして、皆が死んだ次の年・・・・・・この岬に遊びに行ったお客さんが帰ってきませんでした」
 伝説の再現だ。一家の魂が七人ミサキとなったのである。
「きっと・・・・・・きっと私を連れに来る! だから・・・・・・私怖くて・・・・・・」
「怖くて何も関係無い観光客を生贄にしていた、ということか」
「・・・・・・」
 こくりと女将さんは頷く。
 そうだったのだ。女将さんは俺達にわざわざ岬には行くな、と言った。
 だが、大抵の若い観光客は行くな、と言われれば好奇心をくすぐられ、行ってしまう。女将さんはそれを利用し、毎年一人ずつ生贄を捧げていたのだ。
 そうしなければ、七人ミサキが真っ先に狙いに来るのは、彼女だから。
「なら、なぜここに来た? いつも通り、ここに誰かが来るように仕向け、あとは旅館で寝ていれば終わっていたはずだ」
 その通りである。なぜこの場所に来たのだろうか。
「・・・・・・見届けたかったんです。伝説の通りなら今日で7年。つまりあの一家の最後の1人が成仏するはずです。・・・・・・本当に彼らなのか、確かめたかった・・・・・・」
 その時、聞こえた。有り得ない子供の声を。
 そして俺はようやく気付いた。地面に転がっているゾンビ、七人ミサキの死体が全部で6体しかないことを。
 さっき7人だと思ったが、ちゃんと数えて判断したわけでは無い。
そう、実際には6人しかいなかったのだ。
 つまり、あと1体どこかにいるのだ。きっとリーナさんはそれに気付いていたんだ。
 そして、それはいた。女将さんの足元に。本物のゾンビよろしく、地面からのっそりと這い出てきていた。
 それは、子供だった。まだ5歳くらいの男の子である。
 小宮山さんの話から察するに、長男夫婦の子供だ。彼が一家の最後の1人というわけだ。
「・・・・・・やっぱり、許してはくれないのね」
 子供のゾンビは地面から這い出て女将さんに近寄る。まるで、母親を求めているかのように。
「女将さん!」
「来ないで!」
 女将さんはそう叫ぶと、その場にしゃがみ込み、まっすぐ子供のゾンビを見る。
「ごめんなさいね・・・・・・。本当は・・・・・・最初に私がこうしてなければいけなかったのに・・・・・・。さあ、私を殺して天国へ行きなさい」
 子供のゾンビは女将さんの和服を掴み、その口を開ける。
 女将さんはそれを受け入れるかのように目を閉じる。
 まずい、このままでは噛み殺される。
 いいのか? これで。こんな結末で! 駄目だ! こんな終わり方は駄目だ! 確かに女将さんのやったことは許されないことだ。誰かを犠牲にして生きていたのは事実だ。
 でも、やっと新しい人生を歩もうとした人が、生きようとして何が悪い。堪えることしか知らなかった生活から解放され、ようやく自分の人生が始まった人が死を恐れて何が悪い。
 何も悪くない。なのに、死者のために死ぬなんて間違ってる!
「まあそう焦るな」
 俺の考えを読んでいたかのようにリーナさんが一瞬で女将さんに肉薄する。
 そして、右回し蹴りで今にも噛みつこうとしていた子供ゾンビの頭部を粉砕する。
 これで7体、全て倒した。
 女将さんは茫然とその場に座り込む。
「どうして・・・・・・?」
「君が死んだら旅館の料金は誰に払えばいいんだ?」
 素直じゃない人だな。この人は。
「女将さん・・・・・・。貴方は確かに間違ってたと思います。ですが、このまま死ぬのは卑怯だと思います」
「・・・・・・卑怯?」
「はい。卑怯です。ちゃんと生きている間に償ってもいないのに死ぬのは卑怯です。死んで償うのは違うと思います。生きて償って下さい」
 なんか偉そうなこと言っているような気がするが、いいだろう。法律上の刑に服すのも一つの償いだし、それ以外でも償う方法あるはずだ。
 死ぬという選択肢以外で。俺みたいな若造が言っても説得力は無いと思うけど。
「・・・・・・償う方法なんて、分かりません」
「それは自分で探すことだ。私達に聞くことじゃない。ただ、時間は用意してやった。七人ミサキはもう現れない。伝説の再現は終了だ。あとは君次第だ」
 女将さんはその場で顔を伏せ、静かに泣いた。



 翌日、朝日が昇る頃、再び露天風呂に入った。
 昨日の夜、汗をかいたので洗い流すついでに朝焼けの海を眺める。
「いいなぁ。こういうの」
 などと独り言を呟きながら露天風呂に浸かっていると
「おや? 霧生君じゃあありませんか。また会いましたね」
 小宮山さんが入ってきた。
「昨日の夜、なんだか色々あったような気がしたんですが、全然覚えてないし、カメラにも何も残ってないんですよ。起きたら全身泥だらけの擦り傷だらけで・・・・・・。なんなんでしょうかね?」
「さあ? 怖い夢でも見て転げ回ったとか?」
「そうなんですかねぇ?」
 どうやら昨夜のことはあまり覚えてないようだ。良かった良かった。
「そうだ。小宮山さん。七人ミサキの話って記事にするんですか?」
「え? ええ。もちろんですよ。ただ・・・・・・昨日取材しようと思って張り切ってたんですが、どうも寝ちゃったようでして・・・・・・」
「そうですか。なら、核心に迫るのは来年にして、今年は伝説だけ記事にしません?」
「うーん。そうですねぇ。ここに泊まって特に得たものはありませんし。また来年の旧暦7月7日に泊まりに来ますよ」
「それがいいです」
 来年は何も起きないと思うけどね。彼が核心に迫ることは無いだろう。
 これで良かったのだ。
「いたたた・・・・・・。駄目ですね、傷に染みるので早めに上がります。じゃあ、霧生君。縁があればまたお会いしましょう」
「はい。また」
 小宮山さんは痛そうな顔をしながら脱衣所に向かって行く。
「貸し切りみたいだなぁ」
 この広い露天風呂に俺だけがいる。まるで独占したようで妙に気持ちがいい。
「これなら女湯を覗き放題だな」
「覗くかぁ! って、リーナさん?!」
 いつの間にか背後にバスタオルを巻いたリーナさんが立っていた。
「な、な、な!? ここ、男湯ですよね?!」
「従業員用の通路に鍵が掛かっていなかったのでね」
「掛かってなくても入ってきちゃ駄目でしょうが!」
「どうせこんな早い時間には誰も来ないよ」
 そう言いながらお湯に入る。
 俺はあまりの恥ずかしさにリーナさんに背を向ける。
「じゃ、じゃあ、俺、上がりますんで・・・・・・」
 そう言って立ち上がろうとしたのだが、リーナさんに肩を抑えつけられた。
 しかも何だ? この感触は。背中に押しつけられた柔らかいものはもしかして・・・・・・
「あ、あ、あ、あの! さすがにこれはまずいというか! ソフ倫に引っ掛かるというか! CeroでR18指定になりそうというか! と、と、と、とにかくまずいです!」
 もはや自分でも何を言っているのか分からない。というかなんだこの状況? これなんてエロゲ?
「まあまあ、そうつれなくすることないじゃないか。たまには親睦を深めよう」
 いやいや、親睦を深めるのは賛成ですが、場所と状態があまりにも悪すぎる。
「昨日の件だが、凛には報告しない。その方がいいだろう」
「え?」
 突然真面目な話になった。俺は肩越しにリーナさんを振り返る。
「神秘管理局が介入すれば、否が応でもこの旅館に悪影響が出る。下手をすると女将が連行されるからな。まあ、もう七人ミサキも封印したし、これで終わりにしようと思う」
「・・・・・・そうですね。その方がいいと思います」
「だから、これは私と君だけの秘密だ」
 そう言って少し悪戯っぽく笑うリーナさんはとても可愛かった。
「そうですね。2人だけの秘密にしましょう」
「それと、昨日のような思いはもうこりごりだ・・・・・・」
 こつんと背中に固いものが当たる。多分、おでこだ。
「・・・・・・すみません。もっと気をつけます」
「そうしてくれ・・・・・・。もう・・・・・・失いたくない」
 リーナさんの声が少し震えている。
 そんなに怖かったのか。
 自分が戦うことは怖くないのに、俺が危険な目に遭うのは怖いのか。
初めて分かった。この人は他人の痛みの方がずっと痛い人なんだ。
 俺はもっと気をつけなければいけない。この人に・・・・・・あんな悲しそうな顔をさせちゃいけない。あんな悲しそうな声を出させちゃいけないんだ。
「約束しますよ。もう危険なことはしませんから」
「・・・・・・うん」
 良かった。いい感じに纏まりそうだ。
「ところで、親睦を深めるためにはやはり裸の付き合いだろう。どうだ? 見せ合いっこでも」
「裸の付き合いってのはそういう意味じゃねー!」
「む? じゃあ、裸の突き合いか? まいったな。今日は突く物を持って来ていない。一方的に突かれてしまう」
「そっちの突き合いでもねー!」
 纏まらなかった。
 もはやこれ以上心臓の鼓動を抑えながら突っ込むのも不可能になってきたので、脱兎の如く逃げ出し、部屋へと戻る。凛さんと明日香はまだぐっすり寝ている。
 布団でも被って早鐘のような心臓を抑えるとしよ――
「ああん、お兄様ぁ・・・・・・。激しくして下さいまし・・・・・・」
 なんか変な生き物が俺の布団に居た。しかも裸で。
「光は・・・・・・光はもうこれ以上我慢出来ません! これ以上我慢したら死んでしまいますぅ!」
「ならば死ね!」
 とりあえず簀巻きにして放り投げておく。
 もう何がなんだか分らないが、俺の夏休みはこれで終わりらしい。
 なんか疲れた。