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 僕はいつまでも守り続けるだろう。
 たとえ、この世の中でたった独りになったとしても。
 大切な人が残してくれたこの場所を、僕は最後まで守り抜く。

―――――――最後の守り手


◆ / Contents

巡りゆく季節の中で 1
巡りゆく季節の中で 2
巡りゆく季節の中で 3
巡りゆく季節の中で 4
巡りゆく季節の中で 5
巡りゆく季節の中で 6



 大地に宿る生命が息吹をあげ始めると同時に、木々に佇む小鳥たちが静かにさえずり、暖かな空気が当たり一面を覆いだす。
 季節は春を迎えていた。
 時折、強い風が辺りにそびえ立つ木々を揺らし、花畑では花びらが舞うようなこともあったが、さほど景色に変化は訪れなかった。
 僕はときおり、風に身体を持っていかれそうになる。
 自然とは思っている以上に強いのだろう。
 雑草でさえ、何度踏みつけられようとも朽ち果てることはない。
 この場所には無いが、アスファルトの割れ目から生え出ることもあるという。
 そんな強さを持つ雑草を、先ほどから一生懸命むしっている女の子がいた。
 「おばあちゃん、どれだけ草をむしっても、ぜんぜん終わらないよぉ~」
 思わず弱音を吐いてしまうほど、このあたり一面は草に覆われていた。
 女の子はまだ幼い顔立ちをしている。歳は6歳に満たないくらいだろうか。黒い髪は後ろで2つ縛りになっており、土に汚れてもいいような服装をしていた。
 「おやおや、もう疲れちゃったのかい? そうだね、少し納屋で休んでいてもいいよ。後はおばあちゃんがやっておくから」
 そう言いながらも、女の子と同じように先ほどから草むしりをしていたおばあちゃんは、草をむしる動作をやめることはなかった。話しながら、草をむしり続けている。慣れた手つきはこれまでの経験を物語っていた。
 「ん――、やっぱりもう少しやるっ!」
 女の子は何故か草むしりを続けた。さっきよりも速い動作で。
 そんな様子を見て、おばあちゃんはニコニコしていた。
 雑草は徐々に無くなっていき、あたり一面は緑色から茶色い土の色へと染め替えられていった。
 一通り雑草が無くなったところで、おばあちゃんがスコップで土を耕し始めた。
 すると女の子は、おもむろに僕のところまでやってくる。
 「だいぶ暖かくなってきたけど、またこれからすぐに暑くなるよね」
 そうだね。と僕が答えると、女の子は空を見上げて少し嫌そうな表情を浮かべていた。
 「私、暑いの嫌だな~。汗かくし、すぐ疲れるし。まだ冬のほうが好きかも」
 女の子は、この場所の冬の厳しさを知らないのだろうか。長くからこの土地に住む僕から言わせれば、冬よりも断然春のほうが好きだ。
 
 女の子との会話は、土を耕し終えたおばあちゃんの呼び声で終わりを迎えた。
 女の子は納屋へと走っていく。おそらく、昼食の時間なのだろう。
 僕は元気そうに走る女の子の姿を、目に焼き付けていた。



 茶色一色だった大地が、おばあちゃんの手によってまた緑色に変わっていく。
 季節は梅雨を迎えようとしていた。
 これからしばらくは、雨が多い日が続く。
 また、せっかくむしった雑草も、再び育っていく時期だ。
 おばあちゃんは、雨水が溜まらないようなしかけを施し、そして草が生えてくるようならそれをむしるといった動作を、毎日続けていた。
 あの女の子の姿は見えなかった。
 たしかに、こんなに雨ばかり降っていれば、外に出ることも無いのかもしれない。
 そう思っていたら、赤色の傘を差した女の子が、僕の近くまで歩いてくるのが見えた。
 僕の目の前まで来ると、女の子はもう片方の手に持っていた青色の傘を僕に差し出した。
 「風邪ひいちゃうよ? お兄ちゃんの傘だけど、しばらく貸してあげる」
 ちゃんとお兄ちゃんに断わってきたのだろうか。なんだか悪い気がしたが、僕は素直に女の子の傘を借りることにした。
 「毎日雨続きで、嫌になっちゃうな」
 そうだね。と僕は答えた。気のせいかもしれないが、女の子の表情に少し陰りが見えるような気がした。これから女の子の嫌いな夏が訪れるからかもしれないが、どこかそれだけが理由ではないように思えた。



 木々の緑が生い茂り、雲ひとつ無い青空が広がっている。
 うだる様な暑さが身体を包み込む。大地に染み込んでいた水分が暑さで蒸発しており、かなりの蒸し暑さを演出している。
 季節は夏を迎えていた。
 おばあちゃんが事前に対策を施していたおかげで、あたり一面は立派な稲が根付いていた。
 しかし、見えないところでその稲を襲う連中がいる。
 その正体は主にカメムシといった害虫だが、稲にカビが発生する、いもち病といった病気も存在する。
 おばあちゃんはそれらへの対処も怠ることなく、最小限の農薬を散布するなどしていた。
 あれほど夏が嫌いだといっていた女の子の姿もあった。
 だが、あきらかに元気がない。
 とぼとぼと、おぼつかない足取りで、僕の傍にやってきた。
 「あれ、もう雨は降ってないよ? まだ傘差してるの?」
 一見、日傘と思えなくも無い。
 僕は、君から借りていた傘を返したいんだ。と言うと、女の子は思い出したかのように僕から青色の傘を持っていった。
 「うわ……そういえばこれ、お兄ちゃんに黙って持っていった傘だった」
 女の子はものすごく深刻な顔つきをしている。やはりお兄ちゃんには事前に断わっていなかったのか。
 「うう、どうしようかな。こっそり黙って傘たての中に入れておけばバレないかな?」
 いやいや、傘が自分で戻ってくるわけないからすぐバレるだろう。
 「それにしても暑いなぁ……なんかフラフラしてきた。家にもどろうっと」
 女の子は自分でも気が付いてないのかもしれないが、玉のような汗をかいていた。
 僕は、熱があるんじゃないだろうかと思ったが、それを確かめる術も無いまま、女の子は家へと帰っていった。
 小さな背中。
 僕が最後に見た、女の子の姿だった。



 緑色に生い茂っていた木々も、徐々に赤みを帯びだした。
 季節は秋を迎えていた。
 本来であれば、稲は収穫する時期なのだが、おばあちゃんの姿は一向に現れることはなかった。
 手塩にかけて育てられた稲穂は、鳥達の恰好の餌だ。
 僕は鳥達から稲穂を必死に守った。
 だが、カラスだけは追い払うことができなかった。
 やつらはとても賢い。
 僕の力ではどうすることも出来なかった。
 次々に稲穂がカラス達の餌になっていく。
 おばあちゃんはどうしたのだろう。
 あれほどまでに一生懸命作り上げた稲穂が、こんなに簡単に駄目になってしまうなんて。
 僕は自分自身の無力さと、突然来なくなったおばあちゃんと、何故かあの女の子の背中が思い浮かんで、ただ呆然と立ち尽くしていた。
 
 ある日、ようやくおばあちゃんが家からやってきて、残りわずかとなった稲穂を収穫しだした。
 僕はおばあちゃんに言いたいことが山ほどあったが、稲穂を守りきれなかった申し訳なさと、何故か涙を流し続けているおばあちゃんの姿を見て、とても話しかけることはできなかった。



 木々から枯葉が舞い散り、収穫を終えた大地はまた土の色に染まっていた。
 やがて雪が降り、大気は冷たさを帯び始める。
 季節は、冬を迎えようとしていた。
 冬は自然界において眠りの季節だ。動物は冬眠に入るし、植物も土の中で眠りに付く。それは、次の季節に向けての準備段階であり、この世界で生きていく為に自然と身についた生き方なのだろう。
 だが、冬はどこか“死”のイメージを連想させる。
 特にこの土地の冬はそのイメージが強まるのだ。
 大地は一面白い雪で多い尽くされ、水分はすぐに氷と化す。
 何もかもが止まってしまったかような。
 全ての生命が絶滅してしまったのではないか、といった表現はかなり大げさだが、僕は冬という季節にそんな印象を抱いていた。
 
 おばあちゃんの泣き顔の意味を考えていたある日、おばあちゃんの家に次から次へと黒い服を着た人たちがやってきた。
 とても、嫌な感じだった。
 その人たちは皆、何かが“止まって”いた。
 その人たちに唯一許された感情は、哀しみだけだった。
 そんな様子を見て、僕はまるで、冬みたいだな、と思った。
 やがて黒塗りでやけに天井の飾りが豪華な車がやってきた。
 その荷台にあたる部分に、黒く染められた長い箱のようなものが入れられた。
 ああ、僕は何故だかわかってしまった。
 そんな知識など持ち合わせていないはずなのに、その箱の中にはあの女の子がいるのだと。
 最後におばあちゃんが車の中に乗って、その車は走り出した。
 黒い服を着た人たちは、皆その車が走り去る様子を見守り、頭を下げていた。
 僕は頭を下げることはできないけど、車が見えなくなるまで、僕もずっと見守っていた。



 止まってしまったかのような眠りの季節を越えて、また春が訪れる。
 けれど、雑草の緑で覆われたこの場所が、土色に変わることはなかった。
 僕は、緑で囲まれたこの場所で、ずっと立ち尽くしている。
 ふと空を見上げると、青空を羽ばたく鳥達の姿が見えた。
 僕はそれを見て、あの女の子も、この果てしない空のどこかにいるのかもしれないなんて、なんの根拠もないことを考えていた。
  おばあちゃんが、家からこっちに歩いてくる姿が見えた。
 また、この場所の雑草をむしり、土を耕して、稲を植えて、収穫する一年がやってるのだと思っていた。
 しかし、おばあちゃんは僕のところまでやってくると、また涙を流しながら僕に話しかけてきた。
 
 「――今まで、この場所を守ってくれてありがとう」
 
 おばあちゃんは、暫くの間、ずっと僕の前で頭を下げていた。
 どれくらいの時間がたったのだろう。
 1秒が物凄く長く感じられる。
 あれほどいやだった、何もかも止まってしまった世界。
 きっと、おばあちゃんの身に、悲しい出来事が訪れたのは間違いないのだろう。
 そして、僕に対する感謝の言葉は、そのまま別れの言葉になるのだろう。
 僕は少しでも、役に立つことができたのだろうか。
 カラスから稲穂を守ることが出来なかった僕に、おばあちゃんは「ありがとう」と言ってくれた。
 僕には計り知れない強さを、おばあちゃんから感じ取ることができた。
 ――ああ、そうか。
 僕は、このために生まれてきたんだ。
 大切な人の大切な場所を守り続けるために生まれてきたんだ。
 
 しばらくすると、おばあちゃんはこの場所を去っていた。
 きっと、もう戻ってこないのかもしれない。
 それでも、僕はいつまでも守り続ける。
 たとえ、この世の中でたった独りになったとしても。
 大切な人が残してくれたこの場所を、僕は最後まで守り抜く。
 
 
 春が過ぎれば、あの女の子が嫌いだった夏がきて、実りの秋を迎え、また厳しい冬がやってくる。
 巡りゆく季節の中。僕は、おばあちゃんと女の子と3人で過ごした日々を、いつまでも夢見ていた。
 あの日、おばあちゃんが僕にくれた、大切な言葉を胸に秘め、
 いつかこの身が朽ち果てるその時まで、
 僕はこの場所を守り続ける。


―――――――"Story of scarecrow" closed.